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目には見えない大切なもの

 今回、画家の釜匠さんからリレーコラムのバトンを引き継ぎましたカホ・ギャラリーの下保と申します。ギャラリーを開設するまでは、主に美術館や新聞社の文化事業部に美術展の企画を提案したり、美術館設立のためのコンサルタント業務を行っておりました。しかし、良い仕事をしているのに、まだよく知られていない若い作家を応援したい、あまり馴染みがないがこんなにおもしろいアートがあるということを紹介したい、そんな思いが募り、2011年1月にギャラリーをオープンしました。

It is only with the heart that one can see rightly; what is essential is invisible to the eye.(心で見なければ、正しくものを見ることが出来ない。本当に大切なことは目には見えない。)

 サン=テグジュペリの『The Little Prince』の一節をコンセプトに、洋の東西を問わず、時代を超えて受け継がれてきた美しき伝統と、新たなる美の価値観を創造する現代のアーティストの美術品を紹介することを目的としています。

 私が美術を評価するときの基準というか物差しとなるのがパウル・クレーの次の言葉です。大学を卒業し、美術の仕事についていた27歳のとき、この言葉に出会いました。「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、目に見えないものを見えるようにすることである。」『創造についての信条告白』というクレーのエッセイに書かれています。
 私は、ギャラリストの仕事というのは、この「目には見えない本当に大切なもの」を思索し表現している本物のアーティストを探し出すことだと思っています。「理」ではなく「利」を追い求める人が多い今の世のなか、世間の評判だとか肩書だとか人気だとかで評価するのではなく、目の前にある作品そのものと真摯に向き合い、語り合い、感じ取ることが大切だと思っています。

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カホ・ギャラリー 外観
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カホ・ギャラリー 外観

数寄屋建築のギャラリー

 カホ・ギャラリーは数寄屋大工の第一人者といわれる中村外二棟梁の手になる数寄屋建築のギャラリーで、白い壁面に囲まれたホワイトキューブのギャラリーの対極に位置するのではないかと思います。壁面が少ないため展示には苦労しますが、心地よい緊張感のある鑑賞空間に展示された作品を眺め、対話することによって、精神的な豊かさと癒しを感じていただけるのではないかと思っています。
 もともとの「数寄」の意味は、和歌や茶の湯、生け花など風流を好むことであり、風雅に心を寄せること、とあります。茶の湯を行うところを「数寄屋」と称するようになり、安土桃山時代に数寄屋=茶室として確立されていきました。「数寄屋造り」は、こうした茶室建築のスタイルを取り入れた建築様式で、格式・様式を排し、虚飾を嫌い、簡素を旨とし、自然の素材の持ち味をいかした材料の取り合わせや繊細な意匠などに特徴があるといわれています。特に茶室にある床の間は、掛け軸や四季折々の草花を飾るための展示スペースとして完成されたものであり、その静謐な空間に身を置けば心が穏やかになり洗われるとともに、自分と厳しく向き合う場ともなります。
 雨が降っていたある日、知り合いがイラン人の映画監督を連れてギャラリーにやってきました。ギャラリーの中から苔むした庭を無言でしばらく眺めていた彼が私に向かって呟きました。「ここに滞在して脚本を書きたい。」アメリカ、ロシア、フランス、ドイツなど海外のゲストからも総じて好評です。日本的なものが良くないと思っているのは実は日本人だけかもしれません。

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カホ・ギャラリー 茶室・床の間
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カホ・ギャラリー 展示室
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カホ・ギャラリー 展示風景

もののあはれ

 日本人の美意識とは? と問われれば、私はとまどうことなく「もののあはれ」と答えます。「あはれ」とは『見るもの聞くこと、なす業に触れて、情の深く感じることをいうなり』とあります。この「もののあはれ」という深い情感を根幹にして、そこから「侘び」や「寂び」、「幽玄」といった日本の独特な美意識へと展開していったのだと思います。そして、「もののあはれ」という美意識の根底にあるのが「無常観」です。世のなかのすべてのものは生滅し、とどまることなく常に移り変わっている。この移ろいゆくはかないものに美を感じるDNAが日本人には刻まれているように思います。
 こうした日本人の美意識は自然と切り離して考えることはできません。西欧のように自然と人間は対立するものではなく、日本人は自然を敬い、慈しみ、移ろいゆく四季の自然に根ざした暮らしのなかで、日本人の美意識は育まれてきました。萌黄、薄紅、弁柄、鶯茶、藤紫、群青など色の名前や、秋草文、青海波、流水などの文様等、日本人の自然を見つめる感性の深さ、豊かさには驚くべきものがあります。私はそうした生活のなかから、繊細で質素で簡潔で奥深い日本の美術が生み出されてきたと思っています。
 若い頃の私は、和というものが古臭く恰好悪いものだと感じ、欧米の文化やスタイルに憧憬の思いを持っていました。しかし年を重ね、経験を積み、海外にも出向くようになると、逆に日本の文化の良さを実感するようになってきました。私は今、この日本人の持つ美意識こそが、世界に向けて日本の美術を発信していく大きな武器になると考えています。
 最後に私の大好きな一休宗純禅師の道歌を紹介します。「目には見えない大切なもの」が少しだけ見えて来ませんか?

心とはいかなるものを言ふならん 墨絵に書きし松風の音
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エントランスから差し込む光
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Reinhard Voss
「Bitter Lennon」 2013

茶室の床の間にも似合う現代美術

(2014年3月18日)

今後の予定

2014年4月26日~5月6日
小野竹喬展

2014年5月17日~25日
久野隆史展

2014年6月7日~15日
齊藤文護写真展

2014年9月6日~15日
瀧川恵美子展

2014年10月4日~12日
髙見晴恵展

関連リンク

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

中堀さんとのお付き合いは、ある展覧会の相談を受けたのが始まりです。東京と京都ということで頻繁にお会いし、お話しすることは出来ませんが、会えば必ず時間も忘れて芸術談義となります。中堀さんの芸術に対する造詣の深さ、思いの強さ、熱い語り口にいつも魅了されます。今回も、その熱い思いが存分に発揮されるものと期待しております。
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