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モーターサイクルのデザインへの想い



 モーターサイクルのデザイン? おそらく多くの人がイメージできないだろう。しかし、こんなにほとんど全ての部分をデザインする対象は珍しく、エンジンもフレームも、見えるところは全部デザインしています。

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このように全てはデザインされる。リアタイヤも木製!

 GKデザイングループは、日本における工業デザインのパイオニアであり、デザインの啓蒙運動を牽引してきた。そしてヤマハ発動機は、日本最後発のバイクメーカーである。その根底に流れるものづくりの思想は、GKのデザインへの高い志と、遠州の「やらまいか精神」によるチャレンジ魂と、オリジナル追求への熱い想いである。
 そのモーターサイクルのデザインは、1955年の初号機YA-1以来60年に渡り、外部のGKデザイングループに託されてきた。両者の今に続く大企業とフリーランスとのパートナーの関係は、世界でも稀有な例である。

モーターサイクルデザインとは

 GKは、人間とマシンの関係が織り成す躍動感、動感、情感のダイナミズムと美しさの思想を「ダイナミックデザイン」と名付けている。
 そして「人機一体」とは、GK伝統のモーターサイクルデザインの思想である。それは人間と機械との濃密なコミュニケーションによる一体感の表現である。「跨る」は日常での「座る」に対比する。この独特な型が人とモノとの一体感と連帯感を深め、五感で感じ操る高い機動性を生み出す。人も2輪もわずかな2点で接地し移動する。この不安定な2点こそ、人と機械に独自の躍動を生み出す。等身大の愛すべき機械に人とモノとの世界をつなぐ「人機一体」の思想で、冷たい機械モーターサイクルに熱い血を通わせ、命を与える「ダイナミックデザイン」が出現する。

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私は人機一体を実感するレースコースを走るのが大好きだ。

機械の構成美 エレメンタリズム

 モーターサイクルは露出された個々のエレメントの集合体である。生物の構成要素の骨格、手足、皮膚、筋肉、心臓、呼吸器、内臓、腱、血管などの機能は、そのままモーターサイクルの機能の構成要素と重なる。個々のディテールに神を宿したいと、無機的な機械の集合体を有機的な動感のあるカタチに構成する。そしてライダーもエレメントの1つとなる。それは単なるインテグレートデザインやカバーデザインでは達しえない、独自のGKの機能デザイン論である。

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コンセプトモデル「SAKURA」
撮影:帆足てるたか

自然から学ぶ 動きと美の法則

 なぜ人は美しさに心ときめくのか。我々のいる地球空間でのカタチと力と美の相関を考えてみる。
 万物は見えざる引力、重力、大気圧、空気、水圧力の中にある。生物は重力や引力や大気圧や水圧等と抗いながら生きている。若さが美しいのは、内なる生命力が大気圧より強く、筋力が重力を上回っている状態だからである。この力の関係式は、カタチと美の原理を解く美の力学の方程式である。人間の感じるカタチへの美意識は、美の法則や種の保存の本能と共に、遥かな祖先から引き継がれ形成されてきた。そこには自然界を生き抜いてきた生物の機能の美意識が在り、美は内側からの生命力で論理化される。

空気が存在するデザイン 我々は空気の中にいる

 移動具にはこれらに加え、空気や水や大気の力学が加わる。流線型やエアロダイナミックスなど、空気が存在しなければカタチはその魅力的な姿を失うように、空気がカタチを美しくする。空気のある星、地球空間内のみの美の原理である。宇宙空間に空気力学はないので、速いものでも"速い"形態にはならない。これらを深く理解すると、動物や魚のカタチが見えてくる。自然の造形観はさらに深い理論を形成する。

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航空機メーカー富士重工の空力の美をカタチに
撮影:永尾徹

 人間の情感、五感を揺さぶるのはカタチの力である。張り詰めた曲面の内側からの、みなぎるテンション「力感、張り」は、冷たい機械に「艶やかな情感、豊かな陰影」を表現する、これこそダイナミックスの造形の秘伝の"たれ"である。他のプロダクトと我々のめざすものが違うとすれば、対象を見た瞬間にカタチの色気や艶の魅惑のときめく心、一目惚れの有無である。

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 脳でイメージしたものを具現化する手。その手が考える。その手が創造する。最高のセンサーである手の感覚。実在の感触から生み出せる創造性。GKはデザイナー自身がクレイ(実物大粘土)モデルを手掛けてつくるプロセスに拘っている。バイクは走る彫刻である。彫刻的とらえ方はGKのダイナミズムのテーマである。造形の奥深さを求め、試行錯誤する過程がデザイナーの造形力を磨く。そのプロセスで培われた力により、SCADでの高い造形力を生み出す。

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冷たい機械に熱い生命を通わせる! バイクは走る彫刻だ。

 素晴らしいコンセプトも、それを表現する2次元のスケッチの力量がなければ人に伝わらない。更にそれを3次元のカタチに具現化できてこそ、人の情感を震わす力となる。今日までその両方ができたのは、人類史上レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロの2人しかいない。例えば、人間の永遠の美の対象である人体は、図面やCADで表現できるほど容易くない。だからこそ、美しい造形をめざす行為の価値と意義は深い。ものの中に神を見出す日本の思想、アニミズムの精神で、カタチに魂をこめ生み出したい。

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新型VMAXは内なるオリジンを超えるため、継承と新たなと創造へ膨大なスケッチを展開した。

原風景と旅

 乗り物との出会いは5歳。原体験はオート3輪の補助椅子での衝撃。轟音と共にエンジンは始動し、爆音と振動と共に風が渦巻いた瞬間、一条少年は風と乗り物になった。
 やがて美術をめざすも、健やかな高校生活から一転した浪人生への大きな落差に直面し、自信を喪失した少年に行動力を蘇らせたのは、若さゆえの飢餓感と夏の太陽の眩しさ。ヒッチハイクで日本最南端の島へ、似顔絵を描きながら、自転車で日本最北端、最南端へも辿り着いた。乳母車を押して東京から網走までも歩いた。遅い旅程だから見えてくるものがあることを知った。食パンだけの食事でも、陸上部で鍛えた少年の足は健脚だった。野宿でお金がなくとも、なぜか心は豊かだった。
 「自分とは何?」大自然の中で過ごしたがむしゃらな夏の時間と体験は、自分自身と向き合うきっかけとなり、その後の少年の価値基準となった。孤独に憧れた若い頃の一人旅では、乾いた心に美しさや優しさが染み込み、美とデザインを志す礎となり、"もの"には"心"があることも学んだ。
 挫折や失敗、無駄の多さは案外捨てたものではない。

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僕と一番遠くへ行った4輪車?

 バイクでの、LAからホワイトハウスへ、翻ってLAまでの9日半でのアメリカ大陸往復横断。アリゾナ砂漠で3本の雷光に囲まれ、自分が鉄の馬に跨がっている恐怖と眼前に広がるスペクタクル。ロッキーの山中で仰ぎ見た降りそそぐ流星群。エンジンを切ると静寂の満天に広がる星座に立ちすくみ、時空を超える宇宙の異空間に圧倒された。
 毎日12時間走るも最終日はまだデンバーで、LAまで28時間2300kmを、文字通り不眠不休走行。実にアメリカ大陸の3分の1を一気に駆けた。夜半にはついに幻覚が現れ、木が道路を横切り始めた。無茶満載の旅は宝物だ。アメリカの原風景を感じた、あの夏の日々の実体験。
 バイクでアメリカ文化の神髄をデザインしたいという想いが、V-MAXに結実したのである。
 私は生きて感じた体験をデザインの糧にしてきた。造形力に拘り、アートの資質と高い工芸性を加味したいという想いは、工芸とアートの空気を大学で吸ってきたからである。 そんな私の造形の原点は、小学生時代の飛行機への熱中である。現在にもない、自分で考案した紙でつくる方法である。デザインをするうえで海外の文化や人々を学ぶことは重要なテーマである。造形の美しさ、民族の文化に根ざす造型観を自然に会得したのは、今に至る機能美を知るうえで大きなきっかけとなり、造型の引き出しを広げてくれた。Less is more、美しいものに無駄はない。

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どんな機体でもつくれる。図面を起こしゼロからつくる醍醐味。
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実機のように断面にケント紙を巻いてつくる。

モーターサイクルは人間に一番近い乗り物である

 人が支えなければ自分で立つこともできない。でも人を何処にでも連れて行ってくれる自由の翼である。心のポケットに自由とちっちゃな冒険心があれば、こんなに素敵なパートナーはいない。
 寒さや雨に打たれて走るライダーは物好きだ、と人からの視線を感じる。でもそんな時間を共有する道具との濃密なコミュニケーションは、なかなか悪くない人生のひとコマである。
 降りて見る、エンジンが息づくバイクはまるで生き物だ。人間は1人では幸せに生きていけないように、人間は素敵な道具なしでも豊かに生きていけない。
 モーターサイクルは危うくも優しく、美しい機械である。
 孤独に畏怖した多感な若い頃、ふと心通ったモーターサイクルとの逢瀬。数知れぬ世界中の先達が感じたように、バイクに昂ぶった。私が彼らよりちょっと幸せなのは、その伝説と進化をつくることができる立場にいることである。
 次の世代にこの不思議な乗り物の奥の深さを伝えたい。それには、私自身に誰よりもものづくりの情熱がなければ、人に想いは伝わらない。モーターサイクルが好き、デザインが好きとは、つまり人間が好きだということである。
 魅入られたオートバイは、危なげながらも凛々しい。共に雨に打たれ、寒さに凍え、陽光も受ける。モーターサイクルデザインとは、人とモノへの愛おしさをカタチ化することである。道具と人間を愛おしむ想いである。その想いを形にすべく美しさにこだわり、ヤマハのバイクのデザインをしてきた。"無からものを創造する"ものづくりの奥の深さと醍醐味に、夢中でのめり込んできた。
 経済活動である以上、売れることを求められるが、私のデザインの価値基準はつくられたものの生存率である。時間を経てもどれだけ生き残ったか、である。どれだけ人々に愛され、使われ続けたか。これがデザインされた道具に対する私の価値である。四半世紀前にデザインしたものを「このデザインに惚れて乗っているんです」と言われることほど、嬉しいことはない。
 エコという名を纏い、多くのものを生産し消費し続ける。学生時代、そんな商業主義を嫌い、アートや工芸を志した自分の原点は、変わっていない。
 欧米と違い、日本ではモーターサイクルに少なからず偏見がある。戦後の日本の産業は、技術力で世界と戦い、制覇し、復興の外貨を得た。技術の日本を高めたのは、モーターサイクルとカメラである。奇しくも、この2つの産業は今も世界で日本を張って踏ん張っている。残念なのは2輪もクルマも経済活動が中心で、60年の歴史を持ちながらも国内では欧米のような文化を築けなかったことである。移動具はつくれても魅力に満ちた道具をつくれたか。乗り物の好きな若者が減る日本から、ワクワクするものが生まれるだろうか。農耕民族と言うのは容易いが、志や夢や野性が少なくなっていないか。まさに、明治維新は遠くなりにけり、である。

カタチ考

 今、日本のデザインから、カタチの力が失われつつある。コスト、スピード開発には長けるものの、心をつかむ魅力に乏しい。モノからコトへデザインのトレンドは多様化し変貌したが、いま世界に水を開けられているのは造形力(デザイン界では聞こえなくなった死語)である。しかし、モノにカタチは厳然と存在する。
 日本では、若者文化志向から時代を敏感にとらえる反面、時代を超えるタイムレスで上質な大人のカタチが生まれ難い。刹那的なトレンドデザインは刺激的だが、長く愛でられるデザインには時代を超える美しさと品格があり、オリジンとなるコンセプトとカタチがある。

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撮影:帆足てるたか

エンジンもデザインしている

 産業革命で生まれたエンジンはなぜ人を魅了するのか。
 人間の体内には心臓というエンジンがある。心臓に弁(バルブ)があり脈動しパルスがある。オイルと冷却水は血液のごとく、くまなく循環する動脈と静脈の血液循環のごとく、循環する。エンジンのデザイン解剖学。機械の生命感。機能が見えるメカニズムの伝達の視覚化。機械の内側のメカニズムと、人間の身体機能との共通点に驚く。昨今のデザイナーは、インテグレートしカバーすることでカタチを処理してしまう。モノの内側で行われている世界はおもしろいのに。

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エンジンのデザイン解剖学 自然と人体は乗り物に多くの示唆を与えてくれる。

VMAX1200

 ヤマハを代表するモデルにV-MAXがある。TOPクラスの加速性能を引っさげ、1985年に発売された初代は、"強く速く"のアメリカ文化をバイクに反映させた、アメリカ発信の強烈なオリジナルデザインである。スケッチ段階から社内でも反響は大きく、このデザインをどう実現するか、技術陣は日夜奮闘していた。「真っ直ぐ速く走ればええ、曲がらんでもええ」大胆なデザイン実現への潔さであり、あの時代の高揚感である。数々の伝説と熱いファンの心をつかみ、四半世紀ものロングライフとなった。何にも似ていない独自のデザインと個性の力である。そして2009年にモデルチェンジした新型は、一転して類例のない日本文化からの「力と美」の極みの世界への発信を試みた。

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新型VMAX

 日本プロダクト発信の稀有な「力感」のデザイン。
 「西洋の彫刻」は人間至上主義であり、人間が万物の頂点である。
 「日本の像」は人体を超越する精神性があり、祈りの対象となる。
 人間は自然界の一部に過ぎない。西欧と日本の造形観の差異である。

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 その日本発信による力感のデザインを生みたいと思ったときによぎったもの。日本には金剛力士像がある! 人体美にとらわれないからこそ、超越した日本人の豊かな発想と創造力が、西洋にない凝縮した情念の瞬間の「力感」を見事に表現している。それに啓発され、日本プロダクトから「力感、パワー」を世界に示した希有な例である。

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技術とせめぎ合い辿り着いたファイナルスケッチ

 近代を築いた欧米の人間至上主義や合理主義が諸問題に直面しているなか、東日本大震災を通じて、自然を畏怖し敬い、自然と共生してきた日本人の人生観や無常観、そして美意識や心根が再認識されている。それこそ、日本人の持つ、自然との共生のこころである。
 東日本大震災の現実で、岩手生まれの私は何かをせずにはいられなかった。また来る震災に対して、1人でも命を救いたい。これは、その想いをこめたモデルである。

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被災地を消防バイクで走る。消防団のバイク隊の獅子奮迅の活動に意を強くした。

SUV 250陵駆

 震災の年の東京モーターショーで、乗り物の災害時の有用性を正面から提案した、唯一のモデルだった。2輪車の優れた機動性に着眼した頼れるツール。機動力と積載性の実現へ、大型リアキャリアや大容量ガソリンタンクは、自ら走る発電機として、AC100Vで電源ソケットでの携帯電源供給をめざす。スコップとしても使えるエンジンガードなど、さまざまな状況で活躍できる能力を備えた、2輪車の新たな原型の提案である。

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1人でも命を救いたい、その想いをかたちに
撮影:帆足てるたか

2013年夏、世田谷美術館で企画展「栄久庵憲司とGKの世界 鳳が翔く」が開催された。美術館で紹介された、デザインのアート的展示作品である。

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VMAX金型オブジェ

 彫刻家にはできない、インダストリアルデザイナーだからこそ、つくれるアート表現。
 すべての工業製品は母なる金型から生まれる。今まさに生まれ出んとする金属の命。機械にも命があることを伝えたい。

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金型に彫り込まれた凹面と吸気排気のエンジンを凸面に。金属のモーターサイクルアート

 風を受け翔く、自然な動きの彫刻。金属と個々のエレメントの集合体が風によって揺れ動くさまは、バイクのデザイン思想でつくられている。40年来の芸大のバイク乗りの後輩にあたる造形作家、大隅秀雄氏とのコラボ作品。

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Y125もえぎ

 環境の時代にあって、誰でも乗れる小さな乗り物の大きな存在感というメッセージを社会に発信したコンセプトモデルである。優しさと温かさを日本の美意識で表現。情感がこもる気品ある優美さと粋な艶。めざしたのは時代を越える日本の美である。

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テネレオブジェ 2009年東京モーターショーオブジェ

 アフリカの砂漠の民の衣装とパリダ・カールレーサー、布と金属との異色のモーターサイクルアート作品。工業デザインとアートの融合した作品である。布でバイクをつくる機会がくるとは、芸大の染織出身者には感慨深かった。そもそもヤマハはアートに理解がある企業である。

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名前に由来するテネレ砂漠の本物の赤い砂を運ぶこだわり

(2013年11月22日)

今後の予定

世界の人々の移動を支え、日本の2輪車の全世界シェアは42%もある! インドやアセアン各国を始め世界中の人々の移動の大切な足として、日々の生活を支えています。2月のインドモーターショー。3月のバンコクモーターショーにも出展します。
GKも手がけるこれらのジャストサイズの乗り物は、パーソナルな移動がもたらす走る喜びと楽しさと美しさを大切にしています。エコや渋滞緩和など、2輪車の果たす役割はこれからますます重要です。私が初めて乗った小さな2輪車の感動。感性に国境はない。彼らに素敵な2輪車のある生活と人生を提供したい!

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次回執筆者

バトンタッチメッセージ

大隅くんは芸大時代の後輩で40年来のバイク友達です。彼のつくる「風」をテーマにした《鳳》は、見えない風の動きや気配を見事に視覚化した作品です。風の穏やかさ優しさなど多彩な表情が表現するのは、彼の豊かな人間性そのものです。金属素材の多彩な表情を魅力的につくり出す力量による「心なごむ風」の大隅ワールドを楽しみにしてください。
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