「芸術環境KAIZENファイル」では、多くのアートの現場が抱える悩みや課題を解決に導くような仕組みや取り組みを取材し、紹介します。
事例からヒントを得て、全国各地のアートマネジメント環境が整備されていくことを願っています。[芸術環境KAIZENファイルとは]
アートの現場は常に人手不足。特にプロジェクトの会期中は猫の手も借りたいほどです。しかし、スタッフやアルバイトを大量に増員する金銭的余裕がないのもまた、現場の現実。そこで多くの場合、プロジェクトの趣旨に賛同し自発的に運営に協力してくれる「ボランティア」の力を借りることになります。
アートプロジェクトにおける円滑なボランティア・マネジメントは、長年の課題です。プロジェクトの支えになることは大前提であり、かつボランティア個々人の適材適所を考慮して全体を統括し、熱意を持続させ、ボランティアに参加してよかったとの気持ちを皆に持ち帰ってもらうのは大変難しいことです。プロジェクトの規模が大きくなるほどに、ボランティアのマネジメントに費やす労力も大きくなります。
そこで今回は、2010年7月19日~10月31日までの105日間にわたって開催され、約90万人を超える来場者でにぎわった「瀬戸内国際芸術祭」[※1]を成功に導いたボランティアサポーター組織、「こえび隊」事務局の甘利彩子さんに、プロジェクトの運営を支えるボランティア組織の仕組みについて、お話をうかがいました。
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こえび隊のコンセプト、趣旨を教えてください。
甘利:瀬戸内国際芸術祭の仕組みのなかの「必須アイテム」として、当初から「こえび隊」がありました。今回の芸術祭は、香川県と企業、ディレクター、スタッフ、そして地元の方々、芸術祭の舞台となる島に住んでいる方々と、幅広い関係者で成り立っています。それらの"つなぎ役"としてのボランティア組織が不可欠だと北川フラム芸術祭総合ディレクターが最初から言っていました。北川が『つくりましょう』と声をかけて募集し、こえび隊が2009年10月に発足しました(現在も募集中)。
こえび隊の仕事は、大きく分けて「芸術祭が始まるまで」と「会期中」の仕事があります。会期前は作家とやり取りをして作品をつくるための仕事。メール等で募集をかけました。こえび隊個人が毎週通って作品制作を手伝う。通う過程で地元の方とのつながりを築いていく。会期前のこえびは、作家と地元の方々とのつなぎ役でした。
会期中のこえび隊は、作家・地元とのネットワークに加えて、多くの方が島にいらっしゃる芸術祭の最前線で主に作品番をしながら、お客さんに直に会って声を聞いていく。もちろん日替わりのボランティアもありますが、皆「こえび隊」という名のもとに自覚して取り組む。そうなると、今度はお客さんと芸術祭、作品、島をつないでいくことになる。当初の構想通りの構図になっていき、こえび隊なくしては芸術祭が成り立たないという状況です。
私はよく「縁の下の力持ち」と言っています。個人の名前は見えませんが、1時間だけ、お母さんや子どもが週1回だけ、遠方から3日間だけ参加するなど、小さな力が積み重なって、1日30~50人ぐらいのこえびが島に行って芸術祭を運営しています。不特定多数ではありながら、集団となってボランティアをするというのはすごくおもしろいです。
「こえび」の命名はたぶん地元だと思います。瀬戸内海のエビ、めでたいのでエビ。新潟県・越後妻有「大地の芸術祭」の「こへび隊」と同様に、成長する可能性ということで「子」をつけましょうと。未熟者だというのを自覚してというのもあります。
こえび隊を対外的に説明するときは、「ボランティア」ですか、「サポーター」ですか?
甘利:「ボランティアサポーター」と言っています。もちろん、無償で手伝っていただいていますが、サポーターでもあって、芸術祭を支える役目だということを自覚して、参加いただいています。
こえび隊に人が集まる自信はありましたか?
甘利:まったくなかったです(笑)。まずネットで募集を始めました。また、高松市内で説明会を開きました。岡山でもやりました。こえびのわかりやすい言葉で芸術祭の説明もしながら、何度も、少しずつ呼びかけていきました。高松、岡山で月1回。開会式直前には、会期中のこえび隊にぜひ来てほしくて、神戸、大阪、京都、高知の関西ツアーもやりました。いろいろ回って、口コミでなければ伝わらないという確信がありました。
「甘利さんに誘われた」という方にたくさん会いました。
甘利:いえ、私は結構影です(笑)。私だけではなくて、いまはこえびたちがほかの人に「こえびしない?」と声をかけて口コミで集まってきます。これはとても大事なことです。横のつながりがどんどんできて、現在2300人ぐらい(註:2010年9月)。もちろん登録だけの方もいらっしゃいますが、芸術祭が始まってからも増えています。
当初は、アート関係者ではないけれども勉強熱心で真面目で素直で、こえびをおもしろがってくれる人たちに声をかけました。そのうちに、だんだんこえびチームができてきて、いま中心となってがんばってくれています。作品制作が始まった2月頃に生まれたこのネットワークが、いますごく強いですね。
登録者の参加頻度は?
甘利:2300人の登録者のうち、芸術祭で何かしら顔を見ている人は1000人ぐらい。そのなかでかなり熱心にやってもらっているこえびは100~200人ぐらいです。無料の寮に泊り込んで参加しているこえびが数十名。作品制作期間は土日だとこえびが50~100人ほど。隔週とか土日だけとか、自分のローテーションをつくっている人もいます。
地元の方の割合は? 年齢層、男女比は?
甘利:登録者でいうと約40%が香川県内です。1/3ぐらいが岡山。あとは、東京、埼玉、千葉、京都、大阪と大都市の方が多いです。越後妻有の「こへび隊」との違いは、登録者の平均年齢が30歳ぐらいなこと。妻有は東京や首都圏の学生さんが多いのですが、こえび隊はサラリーマン、OLさんが非常に多いです。最初はもうちょっと若いだろうと思っていましたが、社会経験があって自分で消化してやってくれる。接客、お金、ウェブサイトなど、自分が得意なことを発揮しながらやってくれています。男女比は3:7です。
初めてのこえび隊参加でも、最初からうまくいくものでしょうか?
甘利:こえび隊は今日が初めてという方も、マニュアルを読み、自分でアレンジして対応しているようです。作品ごとに「日報」というものがあるのです。こんな質問を受けた、これは困った、といったことを記録した日記が、いま58日分たまっていて、ザーッと読むとこれまで何があったのかだいたいわかります。人数など統計的なこともわかる。ベテランのこえびはそこもバーッと覚えて、応用、応用でやっていきます。越後妻有でも日誌はつけていたと思います。
こえび隊が抱えている大きな「バッグ」の中身について教えてください。
甘利:マニュアルをまとめたファイルや販売用パスポート、釣銭、虫よけスプレー、蚊取り線香など、受付に必要なもの一式が入っています。この「受付バッグ」は越後妻有の大地の芸術祭のスタイルをそのまま踏襲しています。妻有で見てきて、さらに「これがあったらいい」という要素をどんどんカスタマイズしました。たとえば、妻有も透明なビニール袋でやっていましたが、最後はボロボロになっていた。あれはまずいということで今回はとにかく強くて、透明で、しっかりしているバッグを1週間ぐらいネットで探しました。100日間耐えられるものを(笑)。バッグの中身はちょっとした工夫が大事です。昨日やっと、ファイルに入れておく作家の詳しい経歴と顔写真を印刷したもの、フラムさんが四国新聞に書いた作品紹介を全袋分用意しました。どんなこえびでも、ファイルをパッと出した瞬間に、自分の担当する作品はこんな人がつくったのかとわかるでしょう。そういう地味なことを結構積み重ねていて、その集大成があのバッグです(笑)

日々気にかけていることはありますか。
甘利:今回、越後妻有の「大地の芸術祭」と異なるのは、会期が105日間ということです。妻有は50日ですから、倍です。イベント的にやってしまうと、燃え尽きてしまう。ルーチン的なところがあるので、スタッフ全員がうまく回せるように作っていく必要があります。地理的なこともあります。岡山や小豆島から来るこえびもいるので、3か所で集合します。みんな持ち場はバラバラですけど、でも「みんなこえび隊」という感じがある。
朝集まる人たちの雰囲気は、日々少し感じが違うんです。今日はちょっとうるさいなとか、集まりが悪いな、今日は静かだな、全然動かないななど、個々人にもキャラクターはありますが、集団になると集団の個性が出てくる。それをパッと見て状況判断し、次の日のシフトで入れ替えるなど少しずつ工夫をしています。
忙殺の場に優しい人を入れてしまうとパニックになってしまうので、そういう場面には要領のいい人を配置したりもします。それぞれにパーソナリティーがあり、得意なところが違うので、よく見て適材適所でシフトを組みます。忙しいところには向かないけれど優しく絵がうまいので、ちょっと時間のあるときに「撮影禁止」のPOPをつくってもらうなど。これだけ入れ替わると、本当に何が何だかわからないので、すごく気をつかって判断しています。日々、切磋琢磨です。
こえび隊の体調管理にも気をつかっているそうですね。
甘利:特に今年は暑かったので、自己管理ができずにバテてしまうと大変です。当初、朝食をとらないこえびがいたのですが、もたないんですよね。昼に忙しいとそのまま3時、4時になりヘロヘロになってしまう。だからとにかく食べようと、主に寮の食生活を管理して、なるべくみんな食べて行くようにしています。意外と自分が食べていなかったり(笑)。
甘利さんの1日の仕事の流れは?
甘利:私の仕事はこえび隊の事務局です。まず毎朝6時50分に、すべての受付バッグを集合場所に持っていく。こえびも手伝いに来てくれます。また「日刊こえび新聞」というその日の注意事項を手書きで書いたものをコピーします。シフトと連絡網を作り、スタッフに渡します。7時頃、集合場所にこえびさんが来るので、初めての人に名札を渡したり、「こえび手帳」にシールをはったり。こえび手帳は、ラジオ体操カレンダーのようなもので、こえび隊に参加するほどにシールがたまるものです。メモ帳や持ち物一覧、島でのマナーをつけるとか、行った島にスタンプを押す「7つの島を巡ろう」などもこえびのアイデアで手帳に盛り込みました。7時10分過ぎからこえび・スタッフ全員で朝ミーティングをします。「エイエイオー!」のかけ声で気合いを入れ、それぞれ船に乗り込みます。その後、8時前には事務所に引き揚げてきて、明日のシフトを組み、参加者全員に「明日のこえびはこの人たちです」とメールを送ります。「雨が降るようなので、サンダルでなくスニーカーで来てください」など細かいことも添えます。あとは、ブログや原稿執筆、こえび新聞作成など諸々をこなします。17時過ぎになるとこえびが帰ってくるので、精算作業を行い売上を確認して、その日のこえび隊を解散します。日によっては私が島に行ったりもします。あとは取材対応が結構多いです。備品調達等いろいろなこともやっています。夜チームのこえびが帰ってくるのが基本的には21時半なので、本当は22時ぐらいに帰れますが、何だかんだしていると遅くなります。


自治体職員と組んでこえび隊を運営しているのは、どういう流れからですか?
甘利:県は主催者であり知事は芸術祭の実行委員会長、市は動員で関わっていただいたりで、もともと芸術祭の運営サイドです。県や市の職員への説明会は、場を設けさせてもらって実行委員会としても実施しましたし、私たちも「こえびです。一緒にやりましょう」という感じで。運営人員が足りないときに市や県の職員に来ていただいている。毎日誰かが日替わりで来てくださっています。ただ芸術祭についてよく内容をわからないままやってくる方もいまいした。初期はそれでいろいろありましたけど、会期半ばを過ぎ2回目の参加ともなると、職員の方も結構愛着が湧いたりして。知っていることが多くなると感じが変わってきます。おもしろいですよ。ボランティアと県の職員が一緒に作品を通して1日過ごすというのは。全員が慣れていないことをするので、最初はトゲトゲしている。うまくいかないこともたくさんあって、伝わることが伝わらなかったり。「作品番」といっても実際に何をするかわからない、そんなところに駆り出されて一日やれと言われてもどうしたらいいかわからないという人が多かった。こえびに対しても、どこから来ているか、何をしているかわからないと。確かにどこから来ているか、名前も顔もよくわからない人が当日の朝に集まって、いきなり現場に出向くこと自体がすごいんですけれども、さらにそこで2人きりで1日作品番をするというのは、普通に考えたらいろいろ大変ですよね。それが最近うまくいき始めました。職員さんのなかには、休日にこえびに入るという人もいます。すごくがんばってもらっています。


昨日ある職員の方に聞いたのですが、最初はイヤイヤ作品番に行ったけれど、普段の仕事では頭を下げるとか、文句を言われることしかなかったのに、芸術祭だと市民に「ありがとう」と言われる、カルチャーショックだったという職員の方がいたと(笑)。
甘利:うまくいくのか心配したこともありましたけれど、こえびもそうですが、あそこにいる意味がわかってくると、行っていて気持ちがいいし、来場者に挨拶をされ自分も「こんにちは」と返せるようになると、やりがいが出てくる。「ネコの足跡はあそこ」などのちょっとした情報をインプットすることがうれしいなど、自分事になってくる。そうなったらいいなと思っていましたが、うまくいきはじめてうれしいですね。自分が妻有でボランティアをして、他人のものを手伝っているという感覚から「自分が運営している」という"自分事"に変わった経験をしたので、みんながそうなったらいいなというのはありました。
県庁の推進室に、芸術祭専任の県職員たちがいます。芸術祭を運営するチームですが、この1年ですごいことになったのです。私がかつて個人で関わった仕事の時とは対応が全然違いました。県の職員がこんなにやるとは信じ難かったです。ほんとにすごいですよ。ガッツ、底力があって、こんなに仕事ができるんだとすごくビックリしました。
運営は、作家対応をするアートフロントギャラリーの社員と、運営事務局的なこえび隊事務局と行政のチームで行っています。行政と民間ですから、普通は全然バラバラでまったくかみ合わないところが、いまはもうガッツリと、毎日開館前から3時、4時まで一緒にやっている仲間です。チームができてきている。やはり芸術祭があるからこういう形になってきているんだなと感じました。たとえば作品回りは私たちでできますが、地元対応とか自治会とか、集落のこと、家や土地を借りること等については、県が得意ですよね。
県庁の人がTシャツに短パンで来る。みんな次回のためにTシャツを買って帰ります。今回は物流にしろ、広報にしろ、関わっている行政スタッフの人数が把握できないぐらい多い。お客さんとの差が少ないですね。
ほかにも、県職員だけではなく民間企業からの参加もあります。百十四銀行の方が、土曜日だけ16名体制で入るとか。中小企業が、今日は3人こえびを出しますということもあるのです。社長さんがこえびを体験され、これはいいということで、業務として出すわけです。社長さんもこえびに交ざってやっています。中小企業だからなせる業で、おもしろいです。フラムさんは、こえび隊は「学びの場」とよく言います。朝ごはんを食べなさいとか、靴は揃えましょうとか。企業もこのようにとらえているのかもしれません。
日々の報告・連絡・相談はどのようにしているのですか?
甘利:開会当初は毎日、こえび事務局、県側の事務局で集まって反省会をしました。北川がいるときに全体会議をして報告しています。今日も19時からあります。こえびも参加できます。今日はこえび隊の「勉強会」もあります。こえび隊は毎日違う人が来るので、定期的に勉強会を開いています。うっかりしていると、中には北川ディレクターを知らないとか、芸術祭の会期を知らないこえびもいたりするので。自分がなぜ芸術祭に関わっているかしっかり確認しながらやってもらうのが目的です。


会期を折り返しましたが、ここまでで最大の危機は何でしたか。
甘利:始まった直後に、こえびが足りなかったことです。何はともあれ―いまだにそうですが―こえびが足りない。こえびとしての資質はいいけれども、とにかく量が足りない。要は人がいるだけじゃダメなんですよね。芸術祭をやろう! と思って来ている人たちが増えてこないといけない。人がいないからと、ただ集めたりしてもダメなのです。
それにしても、開会直後はひどかった。事前の作品制作と会期中の運営は仕事内容が全然違って、やはり制作のほうが、作家さんもいるし華やかですよね。作品をつくる過程でいろいろなことができるし、目に見える形で作品をつくっていくから、作品番よりもおもしろいんですね。作品制作期間の土日には、集合時間をバラして、1日100~120人を島に送り出すほどでした。
会期中の運営もそんな感じで来ると思っていましたが、開会1週間前ぐらいはザーッと増えたのに、始まって3日目でガクンといなくなって...。要は、みんな運営って何? という状態だったんですね。それで、リセットボタンを押した状態になって、それから3週間ぐらいは、人が足りないから展示会場を開けられないなど、ほんとに泣きそうな辛い時期があって...。明日入れるかと夜に電話したりして...。
こういうサポーター組織を持って、改めてよかったこと、持つことによって大変なことを教えてください。
甘利:メリットは「口コミ力」ですね。放射状にどんどん拡がっていく。デメリットは、継続性の意味ではどうなのかわからないというところです。これだけ巨大なネットワークがあっても、今後の方向性が明確でないと、どんどんダメになっていくだけです。デメリットというか、うまくいったらうまくいくけれど、うまくいかなければダメになる。会期中は流れで進んでいくし、心地よい状態です。しかし会期終了後に、みんなが違うことを考え出したり、やり方が変わったりした時にどうするかは、これだけ大きい組織だとすごく難しいと思います。次に芸術祭があることを見越して、どうしていくかを相談していかないといけない。30人規模ならいいですが、登録者が2000人ともなると、メールが届くなど何かしらのつながりが常にある状態、何か方法を考えないといけないですよね。3年後につなげるように、考えていかなければならない。
最後に、何かこえび隊のPRはありますか?
甘利:「ぜひ、こえびになってください」です。これだけ多種多様な人たちと出会えることはないと思います。全然知らないおじいちゃんとずっと一緒にいるとか、普段なかなか味わえない体験ができます。私たちにとっては非日常ですが、地元の人にとっては日常の生活であって、そこに自分が入って役割を見つけていくのはおもしろい体験だと思います。美術は、これまではギャラリーや美術館という箱の中の、他人の場所に入るという感じでしたが、ここでは生活や、日々のことに紛れることで、その場に愛着が湧くし、隣の人が友人のような感じになってくる。これはおもしろい仕組みだと自分でも思います。地元のおじいちゃんが、作品が心配でしようがなくてメンテナンスしてくれたりするんですよ。ちょっと壊れてるとか言いながら。毎日違うこえびが来ることも知っているから、必ず見に行って教えてくれたりする。それまで美術とは縁遠かった方が、ググッと近くなるのはすごいですよね。こんなやり方もあるんだなと思いました。
リピーターもとても多いです。また来ますと言って、実際に来てくれると、自分で進んで動いてくれるわけです。
来て、見て、参加するといろいろがよくわかりますよ。
どうもありがとうございました!
瀬戸内国際芸術祭
瀬戸内海に浮かぶ直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島および高松港周辺の海と島を会場とした世界初の現代美術の国際芸術祭。18の国と地域から75組のアーティスト・グループが参加し、作品の展示とともに会期中84ものイベントを開催。[本文へ戻る]
瀬戸内国際芸術祭ボランティアサポーター組織「こえび隊」の関係者やみなさんからの声、エピソードです。
取材で会ったこえびの皆さんに、こえび隊参加のきっかけをうかがいました。



先ほどこえび隊事務局の甘利さんに話をうかがいました。甘利さんをどのように探したのですか?
北川:僕が瀬戸内国際芸術祭の仕事を最初に打診されたのは2006年10月でした。公式のディレクター就任は2008年の4月からでしたが、それまでの間に現地の島々を巡り、泊まり歩き、何かあるたびに地元の方々に会ったりしていました。そうして少しずついろいろ考えていくわけですが、そういう中で甘利がいたんだね。
行政とこえび隊の、現場での協力体制に驚いたのですが。
北川:県職は、いままで行政といろいろやったなかで、一番やる気があります。チームが徐々にできていって、最終的に開会式のときに一丸となりだした。行政も通常は縦割りでやっているわけで、ボランティアに判断を任せながら一緒にやるなど、従来的には大変なことなのです。たとえば、「こえびがお金を扱えるようにする」ことも、相当大変でしたからね。
でも、お客さんとの前線にいるのはこえびです。こえびに、それぞれの現場の権限を全部渡さなければ、こうしたプロジェクトはできるわけがないと。芝居や作品とお客さんをつなげるのはこえびですからね。そこがだめだとお客さんに何も伝わらない。いまは必要なことは一切現場の判断に任せられるようになりましたが、顔も何も知らないボランティアサポーターの権限でやっていいことにするなんて、行政では普通はありえなかったわけです。協働には手間暇かかるし、葛藤もあるけれど、官民協働の仕組みは残していかないといけない。残っていくと思います。
地元のおじいちゃん、おばあちゃんも"こえび"だと安心する、応援したくなるそうですが、どうやってそこまでに至ったのでしょうか?
北川:よほどのことがない限り、いろいろなことは常にオープンにしています。それをこえび皆が感じていけるようにしながら、いろいろなことを学んでいくわけです。僕は行政とやるのでも何でも、来たい人はおいでよという形にして、予算やお金もできる限りオープンにします。聞いていない人も多いけど、考える人は考えているわけですから。何でも言える、何でもオープンであるぞと。それがまず決定的に重要ですね。あとは、可能な限り泊まる人は一緒に泊まりなさいと。同じ釜のメシを食べるということ。挨拶のこともとちゃんと言っています。「すべてをつなぐのは挨拶」という感じはあるのでね。
それと、朝夕の会議。朝は短くなってきましたが最初は1時間かかりました。夜は大変で、芸術祭開会後1週間は朝3時、4時までやりました。初めてのことだから毎日問題が続出で、どう手を打つか決めていくのですが、考えてはみんなイヤになるの。みんな生まれ育ちは違うし、1つ1つに対して考え方が違うわけですから。本当にみんなカリカリして大変でした。行政にしてみれば、方法がまるで違うわけです。いままでは自分が労働するのでなくほとんど発注者で、それを管理してというのが普通。僕は、それは絶対にだめ、現場に出なければだめだと思っています。僕も可能な限りガイドとして現場に出ますが、そうしていけば少しずつ変わってくるのです。今日も夜に会議がありますが、『何か問題はないか』『ある』『こういう問題をどうするか』というのを毎日決めて、それを重要なニュースだと翌朝発表していく。「日刊こえび新聞」も、新しい人が入れ替わり来るので、週に1回は同じ内容が出てくる。だから、朝夕の打ち合わせは重要ですね。


ところで、こえび隊のもとでもある越後妻有の「こへび隊」は、フラムさんの中にもともと構想があったのですか?
北川:「大地の芸術祭」では、普段はこういうことに慣れている事務所の人たちでやっているけれど、それではだめで、やはり若い人たちとやっていかないといけないと、何となく思っていました。実際の引き金は1996年。芸術祭についていろいろな反対理由が出て、突破口が全然ない。どうしようかと思ったとき、中山間地域で農業をやっているお年寄りに対して、都市で何だかよくわからないことをやっている学生、つまり地域と世代とジャンルが180度違う人間をぶつけるしかないと思いました。180度違う若い人間が現場で地元の人と会っていく中で、何かが変わる。たとえば子どもは普段見たことのない人を見ると、本能的に最初は恐いと思って隠れて見ているんだけど、悪そうな人でもないと思うと、そばに行きたがる。そして大切なものをあげたりする。つまり、極端な他者ということが、人間の好奇心を刺激する。そうなると、地域、世代、ジャンルが180度違う人間のほうがいいんですよ。やはり他者っておもしろいんですね。そこを開口部にしないと。それで、自然に「こへび隊」ができていった。
今回の「こえび隊」は早くから構想したのですか?
北川:こえびの結成は、今年まで止めに止めていました。作ってもやることがないと、そこで消耗してしまう。ゲートインをぎりぎりにしないと皆疲れてしまう。現場が始まらない限り普段はそれほどやることはないし、会議していると人間はだめになる。皆1年前からやろうと言っていたけど、あえてやりませんでした。日常になってしまうとだめなのです。説明会だけは時々やりましたが、そこで四の五の言っている連中は現場に来ていませんね。
人間は皆そうだけど、かなりの部分は日常の中で生きているわけですが、でも違う気持ちもちょっとある。それぞれにちょっとあるこの"違う気持ち"を1つの層としてどう掴み出せるか。皆それぞれの生まれ育ちで、いろいろな仕事をしてきているわけだから、それをだめだとはいえないし、人間を変えることなどできるわけがない。だけどちょっとあるこの"気持ち"をうまくつなげる仕組みを作れるのは、感性の世界。そこで、美術が効いてきます。
人は皆違う。こういう生き方をしてきた人と、こういう生き方をした人。片方から相手をみれば、それぞれが相対的でしかない。この2つが共通でやれるプラットフォームをつくることが重要です。アートというのは、そういうプラットフォームになり得るんです。だから、違う人間が出会える場所を作ることに意味があると思ってやるしかない。
一応僕もこえびのつもりです。ライ麦畑の本と同じで、こえびとしてあっち行ったり、こっち行ったりしながら、『そこは崖だよ』『これはちょっと危ないよ』というのだけは、言っていこうと。重要なのは可能な限り現場にいること。すると、本当に肉体的にわかるんです。『あっ、危ないな』とか『いまちょっとこういうことが』と、ほぼ直感的に前線の微妙な振動がわかる。それがわかるようでないとだめだから。今日は交通事故が起きそうな予感とか、本当にわかるんです。朝の会議でいつもは特にコメント「なし」なのですが、何か予感がして今日はちょっとしゃべろうと思う時があるわけですよ。

総合ディレクターとして、こえび隊に対する思いや考えをお聞かせください。
北川:芸術祭の目的は、たくさんの人に来てもらって、楽しんでもらうということのみです。それと安全面。そのために、こえびが問題を起こしてはいけないということがすごく重要で、こえびが大事故、人身事故を起こしたらやめるぞというぐらいの覚悟でやっていますから。それがこえびにも少しずつ伝わっていくかどうかですね。
芸術祭は表向きはまったく祝祭でありたいと思っています。祝祭のときにリセットしたいと思っている人が多いわけだから、こえびも少しでもリセットできるといいよね。一般のお客さんにとっても、お祭りに来たらリセットまでいかなくても気が晴れるような感じにはしないとやっている意味がない。遠いところからわざわざ来てくれているわけだから、『おもしろかったな』『いいな』と思うようにして帰してあげたいと思います。
内向き、やっている側としては、やはり自分たちの「学校」でありたいと思う。いまは学ぶ場が、家庭には多少あるかもしれないけど、共同体や学校になくなってしまったんですね。そのためにあらゆることがだめになってしまっている。だから、こえび隊が少しでも学ぶ場みたいなものになればいいなと思ってやっています。問題児だっていますから、それをカバーしながらやっていく。こえびの中のいろいろな人たちが、よそで少しずつ、ちょっとは残っていくわけでしょう。
しかし、こえびの数が足りない。こういうことを手伝いに行くという習慣が、基本的にないんですね。だから若い人が全然集まらず、わりと大人たちが来ています。ブログに「(こえび隊に)登録だけして現場に来ないのはだめだ!」と、相当な檄を飛ばしたりもしました。中盤を過ぎると少しずつ落ち着いてくるので、また戻って来たり、やらなきゃと思う人が出てきますが。
こえび一人ひとりの評判が、こえび隊や芸術祭の評判を決めているわけです。みんながそれを意識しだしたら強いよね。誰がなってもいい、よく知らない人が来てやっているというのがすごい。初めはみんなそう思っていないけれども、本当に前線がこえびなのだと思い出してくるわけです。
人に任せる、委ねるのは、ディレクターという立場からすると実は手間もかかるし、難しいと思いますが。
北川:効率から言うと、スタッフを20人雇ったほうが早い。こえびを延々とやるのは、お金も手間も相当かかります。けれど、リセットもそうですが、みな何か新しい場を経験したいわけです。好奇心というのは人間の基本だから、何か違うことをやってみたい、違う人と仲良くなるとうれしい、そういうことをやっていきたいと思っている。本当のことをいうと、誰でもやれるというのはすごい恐さですよ。だけど、こえびの全責任は僕が取ると思ってやっていますから。
そこまで言えるのはなぜですか?行政だと多分性悪説でやると思うのですが...。
北川:基本的には、世の中はそう(性悪説)でないと成立しないですからね。でも、失敗もいろいろあるだろうし、致命的に近いものもあるけど、それでも信じて任せないと物事はやれない。祝祭のようなものはできません。普段と違うものを生み出したいと思っているならば、一人ひとりのやりたいこと、『こう思う』ということを、可能な限りは生かすしかない。
新しい場、好奇心を持たせてくれる場は、教育や環境など他にもあると思いますが、なぜアートなのですか?
北川:アートはそういう場に一番なりやすい。つまり、アートの根拠の話になりますが、人と違って褒められることがあるのはアートだけです。ほかは、正しいとか早くやれとか、そういうことでしょう。アートだけなんですよね、違っていいのは。アートだけが「人間はみんな違うのだ」ということに、本当の意味で根ざしている。アートは変な人がやっているとか、アーティストは人と違う、変だなどと誤解されるけれど。僕がずっとアートにこだわっているというか外れないですんだのは、アートは「人と人がみんな違うのだ」というところに根ざしているからです。大変なことではあるけれど、いろいろな人たちがいることが非常に貴重だし、敬意を持てることだというのを出発点にしたいと思っている。
今回の芸術祭では、「瀬戸内」と一般的にいわれている海も、実際は1つ1つの島がそれぞれ固有にいろいろあって立ち上がっているのだということを、皆がなんとなく無意識に感じ出しているのです。だから、いまわれわれのテーマは、『Climb Every Mountains~♪』のかわりに『Across Every Islands~♪』。『すべての山に登ろう』ならぬ『すべての島に渡ろう』。
今日は「アートの環境改善」の取材ということですが、アートの環境というよりは、「人のコミュニケーション」だね。アートはそこに少し入りやすい。アートだとフレックスで、なんかプラスチックみたいなんですよね。そういう部分かなと思う。アートをやっていると、いろいろなことが生きて起きていく―これが僕がアートから外れないでしぶとくここにいる理由ですから。
最後に一言お願いします
北川:見ると、本当に体験が変わります。体験するとおもしろいなと思う。できるだけ見て体験してもらいたいです。
ありがとうございました!
『こえび隊を含め関係者の挨拶運動が徹底しており、気持ちが良かった』
『アーティスト、こえび隊とのつながりができ、これからもこのつながりを大切にしていきたい』
『作家やこえび隊とのつながりを今後もずっと持ち続けていけるような仕組みを考えなければならないのではないか』
島民アンケートでは89%がこえび隊の活動を評価(問:ボランティアサポーター「こえび隊」の活動について、どのように評価されますか?→「大いに評価できる」51.5%、「ある程度評価できる」38.2%)。
来場者アンケートでは83%がこえび隊を含む運営スタッフについて評価(問:運営スタッフについて→「良い」46.9%、「まあまあ良い」36.3%)。
作品を鑑賞していると、作品番をしている方からさまざまな場面で声をかけていただきました。作品だけでなく作品を展示している島の歴史、地域の小学校の話等を教えてくださいます。あまりに詳しいので、尋ねてみると市や県の職員さんとのこと。その島に住んでいたことがある人だったり、仕事で担当したことのある地域だったり...。
甘利さんのお話にもあるように、県・市の職員がこえびと組んで作品番や案内をし、芸術祭を支えていました。「自分事」として、芸術祭に関わっている職員の方々、自然体でそれぞれの持ち回りをこなしています。
『うーんおもしろい!!』と、少し突っ込んでお話を伺うと、香川県には大きなお祭りがあって、その際には県の職員が各部から「お祭り要員」を出して、運営にあたっているとのことでした。もともと、そうした地域の文化があっての瀬戸内国際芸術祭だったのだと、協働の背景に改めて納得した事務局でした。
瀬戸内国際芸術祭2010総括報告より[PDF:1.2MB] [戻る]
2010年7月19日~10月31日、105日間にわたって開催された「瀬戸内国際芸術祭」のボランティアサポーター組織。
瀬戸内国際芸術祭を作り上げるため、全国から集まった"こえび"たちが、作品制作の手伝いや芸術祭のPR活動、芸術祭期間中の運営、各島での催しの手伝いなどを行った。全国39 都道府県から参加。運営時に関わった人数(実働人員)は約700人、のべ約5000人。これに作品制作時を含めると、実働800人、のべ8500人程度が参加。全体の約7割が女性で、平均年齢は30.3歳(数字は「瀬戸内国際芸術祭2010総括報告」より)。
会期終了後も、作品メンテナンスや施設の補修、地元の方々との島々での催し、広報PRなどの活動をおこなっている。現在、数名体制の常設事務局が高松市内にある(下記問合せ先参照)。こえび隊登録者は現在2624名(2011年3月現在)。会期中の具体的な活動内容は公式サイト(「こえび隊について」)に掲載されている。
「こえび隊」の名前の由来は、豊かな里海に不可欠な瀬戸内の小魚の中でも、長寿を象徴するめでたい食べものの海老。海老のように豊かに年を重ねた笑顔のおじいちゃん、おばあちゃんが、瀬戸内に一人でも多く増えることを願って命名された。
問合せ先
瀬戸内こえびネットワーク事務局
〒760-0019 香川県高松市サンポート1-1 高松港旅客ターミナルビル7F
TEL:087-813-1741
FAX:087-813-1742
E-mail:
URL:http://www.koebi.jp/
参考リンク
ほんの数名でもボランティアのマネジメントはなかなか難しいのに、あれだけの大型アートプロジェクト、しかも初開催で経験がない中、どのように切り盛りしているのか――とにかくその現場を見て、運営のコツを教えていただきたいと思い、取材に出かけました。
朝の港での集合から夕方のミーティングまで密着してわかったのは、"サポーター=こえび一人ひとりをおおいに信頼し裁量を委ねていること"。それが個々のこえびの自発的な判断と行動を引き出し、そうしてがんばるこえびたちを来場者も地元の方々も応援したくなる、そんな好循環が生まれているように思いました。もちろんその裏には、誰でも参加できるような仕組みをつくり、必要不可欠なものを日々洗い出し、綿密に調整し、一人ひとりを実によく見ている、事務局スタッフの丁寧な仕事がありました。この"任せて委ねる"は、事務局とこえびの関係だけでなく、ディレクターの北川フラムさんが事務局に対して、また共催している自治体がこえび隊に対しても、同様でした。
大型プロジェクトでは、任せて委ねなければ、とてもまわしていけないという事情もあるでしょう。スタッフだけでは到底すべてコントロールしきれません。そうした中で、いかにすみずみまで目配りするのか。こえび隊では、報告・連絡・相談="ホウレンソウ"をうまくまわしているようにみえました。説明会、朝夕のミーティング、ディレクターを交えての会議、勉強会、日々受け継いでいく日報、こえび新聞、毎朝配るペーパー。この四方八方からのホウレンソウが、つまるところプロジェクトの危機管理であり、安全確保でもあり、ボランティアサポーターの協力で成り立っている芸術祭の肝ではないかと感じました。
取材時は「こえび隊事務局」でしたが、その後NPO化をめざして「瀬戸内こえびネットワーク」という任意団体を立ち上げたとのこと。会期終了後も、将来を見据えて活発に動いておられます!ボランティア・マネジメントに王道はないとは思いますが、越後妻有の「こへび隊」とともに、全国の大型(小型も)プロジェクトのボランティア・マネジメントのモデルケースとして、さらに進化していかれることを期待しています!
取材概要