第85回

人として生まれて、声を出すことを知り、腹を満たすことを知り、要求することを知り、見ることを知り、進むことを知り、話すことを知り、書くことを知り、会話することを知り…と、日常の回りで起こることを通してさまざまなことを知りながら、体が大きくなり、行動範囲が広がってきました。そうこうしているうちに、集団生活を知り、選択を知り、卒業を知り、アートを知り、人種を知り、社会を知り、英語を知り、イギリスの文化・生活を知り、障がいのある人を知り、まちにアプローチすることを知り…これからも、ずっと続いていくのだろうと思います。
知ることは、そこが掘り下げの始まりなのだと思います。しかし、日常のなかでたまたま行き合い知ることは膨大な量です。そのなかには、探究心を持って深めるというほど積極的にならなくとも、意識的に見聞や体験を重ねなくとも、ただ日常を続けていくなかで幾度も行き合うものもあります。そうしたものたちは選ぶことはできませんが、粉雪が積もる様に、淡々と人に定着していく感じがします。それらは自覚的な知識や経験の蓄積と相まって、その人の為人(ひととなり)をつくっています。どうしてもあわただしくなって、広くざっくりととらえてしまいがちな社会で暮らしながら、そうしたものに日常のなかで自分が行き合っていることに気づく視点のありなしで、個人が社会的になることに大きな違いが現れるのではないだろうか、と最近考えています。
気づけば、僕には鈴木一郎太という名前が与えられていました。
珍しい名前だったこともあり、言い間違いに妙に敏感であったり、どうやらこだわってきたようです。それによって個人として自分を意識することが早められた気さえします。小学生の頃「いちろう“た”さんの牧場で、イーアイイーアイオー♪」とはやし立てられ、(走るのが嫌いだったので)椅子を投げつけていました。思春期真っただ中では、「何者かにならなければならない」と思っていました。アーティストを志したのも、それが転じたことだと思っています。
20歳から、9年間過ごしたイギリスを離れることになり、地元の浜松で現在の職場であるNPO法人クリエイティブサポートレッツ代表の久保田翠と知り合い、この仕事を始めました。障がいのある人の生きる力に触れ、長く離れていた日本の社会にあらためて触れ、いつの間にかアートマネジメントやコミュニティアートと呼ばれる枠組みでも語られる仕事をするようになりました。
現在は、法人内で文化事業として位置づけられている「たけし文化センター」事業の推進として、障害福祉施設のディレクションや、まちの情報センターのディレクション、人材育成事業の企画推進、文化による産業と都心部活性化の両立の仕組みづくりサポート、写真集制作の企画など、さまざまなことにかかわっています。
この仕事は社会的な仕事ですが、複数の個人の集まりが社会を形づくっているという考えを下敷きに、個人や個人の特性を基本にしています。その際、僕自身も鈴木一郎太という個に対してのこだわりをそのままにしています。「アーティストとして」、や「〇〇として」以前に、僕自身はこれまでの日常の積み重なりでできてきた一人の人間だという意識を核として、人の核と向き合うことはこれまでに「知った」ことからつくられてきたことです。そうした集積をした自身を、第三者的に信じ、期待をかけ、推し進め、鈴木一郎太をまっとうすることは、ほかの個人とフラットにやりとりをする上で必要最低限なことだと思っています。
変化を生むことに必要以上に意気込むでもなく、ただ自分にこだわって日常的に自分をやっていくこと、刻一刻と移り変わってゆく自分を自らとしてちゃんとまっとうすることで、小さな一人であることを自覚し、周囲を見渡し、大勢いる僕にとっての「他人」は、本人にとっては「自分」であることに気づくことが、僕が社会的となる時の根源だと考えています。
僕は、自らを大切にするように他人を大切に、みたいなことは嫌いですが、個々がそれぞれ自分をある程度大切にし、自身に期待をかけていられる状態は、それだけで人を信じる気持ちを生んでくれると思っています。一生に寄り添うことのできる他人の数には、体がひとつしかない人間にとって限りがあります。それをベースに社会的なことを考えると、寄り添うでもなく、コントロールするでもない、人に信を置いた妙法が必要です。自らに対する日常的個人としての自覚から、他人の個人性への信頼を持つことは、人を認めることにもつながると思うのですが、そこに留まらず、意見を交わしあう議論を促進し、会議や話し合いを重んじる人間社会の支えともなってくれるのではないかと思います。
まあ、そう偉そうにいって、人に押し付けてもしかたのないことなので、そうした心持ちで支えられている場や、そこでの体感を生み出すことを「たけし文化センター」という事業で実際に行っています。
いろいろな突飛な姿、いろいろなありきたりな姿があり、“どんな人もいる”というのは、あたりまえのことだと思いますが、その体現がまだまだなされていない現代社会に対して、それを具体化し、寛容性を持って、臨機応変がきかせられるものとして、僕はアートの無節操さに期待をかけたいと思っています。アートは、日常でたまたま行き合うさまざまな偶然の繰り返しをていねいにつむぎ、個人としての自覚と容認を促しながら、いろいろな人の連携によってつないでいけるような気がします。しかしアートもひとつの名前を持ったものであり、判断が固定化する可能性もあるということには注意し、善し悪しとは関係なくただ行き合う日常、ありのままの個人性を、第一に大切にしていくことを忘れないようにしていきたいと思います。
(2011年12月13日)





