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神戸開催時の状況は、阪神・淡路大震災から2年余りが経過。被災地は生々しい傷痕を抱えたまま、周囲との温度差が日増しに激しくなり、焦りと不安が高まる中、また、個人的には、震災後にオープンした唯一の公共文化施設のスタッフとして、試行錯誤の1年をなんとか乗り切ろうとしていた春でした。 当時、神戸でアートマネジメントについて議論する場合、震災体験をぬきに考えることはできませんでした。というより、震災直後、アーティストはもとより、アートマネジメントにかかわるすべての人々が一様に感じた無力感を正しく検証しなければ、いくらすばらしい意見を述べ合ったところで机上の空論、虚しい美辞麗句に終わることは目に見えていました。 結局、悩みに悩んだ末、神戸のTAMは、震災体験というファクターを通して演劇の可能性を見直すことで、その普遍性を確信しようという構成にしました。結果、パネリストの人選は至難を極め、「震災ニツイテハ一言アリ!」という人が多い中、被害者意識の強い人は避けて、震災体験を通して、演劇人の視点で、冷静に、また真摯に意見を述べていただけそうな方々を選びました。 4日間の講座を終えてみれば、準備不足、気負いすぎ等々反省材料ばかりが思いあたり、参加者の方々に十分満足していただけたのか、いささか不安を感じています。また、取り上げたテーマの大きさから、今もってその問題と格闘する最中で、成果云々はまだまだ先の話になりそうです。ただし、講座のおかげで、ともに格闘する心強い仲間が増えたことは、大きな収穫として深く感謝をしています。 [神戸アートビレッジセンター 岡野亜紀子/98年7月]
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