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震災後、いわき総合高校で生み出された演劇


 福島県立いわき総合高校は福島県の南部沿岸にあるいわき市にあります。
 名前にある総合学科とは、生徒の興味関心を重視した多様な選択科目を設置し、各自が興味関心や進路目標にあった授業を選択して時間割を作成し、高校2年生から3年生までの2年間を過ごすというものです。その教育理念は自己選択にともなう責任を自覚させること、そして、生徒が職業人としてどんな人生を送りたいか、職業意識を育てるキャリア教育が主となっています。
 22単位にも及ぶ演劇の授業があり、プロのアーティストが講師として授業に参加するといった本格的な演劇教育を受けることができるのも、この総合学科ならではのことです。
 演劇の授業でアーティストが生徒たちとつくり出す作品は、アーティストの鋭敏な感覚でとらえた、今を生きている生徒たちそのものを映し描いたものであり、演劇作品としても高く評価されています。震災後からこの2年間に本校で作品創作に携わったアーティストは、前田司郎さん、藤田貴大さん、飴屋法水さんで、いずれも鮮烈で奇跡的な瞬間を現出させ、多くの観客の共感を得てきました。これらの作品を通して本校の演劇の授業をご存じの方もいらっしゃるかと思います。

前田司郎 作・演出『チャンポルギーニとハワイ旅行』
総合学科第8期生 卒業公演 2011/08/20・21 @いわきアリオス小劇場
東京公演 2012/02/23〜26 @アトリエヘリコプター

前田司郎 作・演出『初恋のジェノベーゼは爪の味』
総合学科第9期生 卒業公演 2012/08/18・19 @いわきアリオス小劇場
東京公演 2013/02/22〜25 @アトリエヘリコプター

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『初恋のジェノベーゼは爪の味』 撮影:大野写真館@いわき

藤田貴大 作・演出『ハロースクール、バイバイ』
総合学科第9期生アトリエ公演 2012/01/28・29 @Theater PHISIS(演劇演習室)

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『ハロースクール、バイバイ』
撮影:大野写真館@いわき

飴屋法水 作・演出『ブルーシート』
総合学科第10期生アトリエ公演 2013/01/26・27 @いわき総合高校グラウンド

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『ブルーシート』

 この演劇の授業とは別に、課外活動として行われている演劇部の活動があります。私たちいわき総合高校演劇部はディバイジングという集団創作の手法で作品を創作しています。それは高校演劇が「高校生自らの感じていることを表現するべきものだ」という考えに基づき行われているもので、生徒たちがグループワークでつくったショートシーンの積み重ねから1つの作品を立ち上げていく手法です。
 本稿ではこの演劇部の震災後の活動について、卒業生の感想等を交えながらご報告します。


 本校は東京電力福島第1原子力発電所から約45kmに位置しています。海からは離れた場所に立地しているため津波の被害はありませんでしたが、地震と余震、さらに原子力災害の被害は甚大なものがありました。地震と余震によって本校の校舎の半分が危険構造物となり、4月からの3か月は体育館で授業を行いました。その後グラウンドにプレハブの仮設校舎が建設され、現在も生徒たちはそこで高校生活を送っています。
 また、原子力災害によって在籍生徒の避難、転校、さらに原発立地区域からの避難生徒の受け入れによって、教室での人間関係にさまざまな軋轢が生まれました。2年後の現在は仮設住宅や借り上げ住宅に住んでいる避難者とそれを受け入れているいわき市民との温度差や軋轢も露わになってきました。

 いわき総合高校演劇部は、震災直後から自分たちが震災で感じたことを作品にするという活動を重ねてきました。そうしてできあがったのが2011年の『Final Fantasy for XI.Ⅲ.MMXI(以下、F.F)』、2012年の『北校舎、はっぴーせっと(以下、はっぴーせっと)』です。
 『F.F』は震災で立入禁止になった北校舎へ復活の呪文を探しに行くというストーリーで、同名のRPGがあるように、さまざまな原発モンスターを倒して復活の呪文を手に入れます。それと並行して津波で親友を亡くした女子高生が呪文で復活した親友と「別れなおし」をするというもう1つのストーリーが展開します。震災直後の混乱の中怒りと共に創られた、原子力行政や政治や経済といった、自分たちには抗うことのできないものへのささやかな抵抗としてつくり出された作品です。『F.F』は2011年9月Dance Boxでの神戸市長田区公演、12月アトリエヘリコプターと筑波大学付属駒場高校での東京公演、2012年3月KBC福岡放送の招聘で実現した福岡公演、5月創造的復興教育フォーラムで行われた文部科学省公演、8月の兵庫県豊岡市での公演と、たくさんの方に支えられた作品でした。

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『Final Fantasy for XI.Ⅲ.MMXI』(撮影:清水俊洋)

 『F.F』で描いた大きな物語で取りこぼしてきた、等身大の細やかな問題を描こうとして創られたのが『はっぴーせっと』でした。被災地にあって感じる被災の程度による温度差。警戒区域から避難してきている友人がすぐ隣にいながら、無関心のために無神経な行動を取ることで、いつしかできてしまった壁。今目の前で起こっているそれらに向き合い、分かち合えなさやわかり合えなさにうち拉がれながら、それでもなんらかそういった問題に一石を投じたいとの思いで創りあげられた作品です。自分たちに起こっている問題を、1つの調和の取れた物語に収めきることがどうしても嫌で、マームとジプシーで藤田貴大さんが行っているリフレインの手法をお借りすることで作品化を実現することができました。
 この作品は2013年2月にいわき市で行われた演劇祭「I-Play Fes〜演劇からの復興〜いわき演劇まつり」で、また3月には新潟市りゅーとぴあで行われた「芸術のミナト新潟演劇祭」で上演されました。そして来る8月には兵庫県豊岡市民プラザでの公演が決まっています。

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『北校舎、はっぴーせっと』

 これら2つの作品について述べられた生徒の感想を以下に掲載します。彼女たちは震災が起きた2011年に高校2年生でした。現在は県外の大学で大学生活を送っています。

 あの3月11日から、私たちの周りの環境は大きく変化しました。(中略)私は、いわき総合高校で、震災を扱った作品をつくってきました。震災を扱うということは、とても勇気がいることだし、勇気...というか、決意みたいなものが必要なのだと思いました。(中略)
 『F.F』を全国各地で公演する機会をいただきました。高校生の時は渦中にいたのでわからなかったけれど、あの時の私たちはすごく殻に閉じこもっていたと思います。各地で公演をし、さまざまな人に支えられ、さまざまな人に出会い、さまざまな思いを受け取ることができたからこそ、少しずつ変わることができたのではないかと、高校を卒業した今は感じています。
 人間であることの幸せは、つながることができること。それは動物のような群れという意味ではなく、思いでつながることができること。それを、この震災でどうすればいいのかわからない私たちに、言葉ではなく、身を持って教えてくれたのが、この各地での公演だったと思います。その機会が私たちにあったことは、すごく幸福なことだったと思います。(中略)」
 「震災後、大きな変化が私たちにあり、気づけないままずっと過ごしていました。見えなかった変化が、見えるようになってから私はようやく気づくことができました。
 震災のせいでできた立場の違いや境遇の違い。表向きではわかっていたつもりでも、本当の意味でわかっていなかった。同じ福島にいながら、すぐ隣にいながら、私は人の気持ちなんてこれっぽっちもわからない。人はわかり合えないんだという現実を叩きつけられました。無意識のうちに人を傷つけ、無知ゆえに人を傷つけていました。そこに気づくことができなくて、気づいた時には、もう溝があって、それが埋まらなくて、いや、溝は始めからあったのだけれど、それに気づけなかったから、この溝は深く深くなっていったのだと思います。
 自分たちに起こっていることを作品化するということは、とても、辛かったです。そして、この現実を受け入れなければ何も始まらないということも痛感しました。苦しいとか、悲しいとか、いろいろあるけど、結局はそんなこと、溝があるという事実の前では何も意味をなさなくて、それに気づいてしまった時が一番辛かったです。でも、震災が起きたからこのことを強く感じることができるようになっただけであって、震災前も、このようなわかり合えないということは、日常生活に溢れていたんだなと思います。
 でも私は「わかり合えないんだな」では終わりたくないです。この作品をつくったみんなもそうだったと思います。何もできないかもしれない。いや、たぶん、何もできません。でも、この約2年間で人と人とのつながりがどれだけ自分にとって大切かを気づかされました。だから私はこれからも、人を大切にして生きていきたいです。ここから、自分に何ができるのかということを常に考えて生きていきたいです。それが、今の私に唯一できることだと思っています。

2012年度卒業 演劇部部長 長谷川洋子


 私たちは震災から今まで、いろんなことを感じ、考えながら過ごし、そのことを演劇にして多くの方たちに観ていただいてきました。
 震災後につくった作品の2作目である『はっぴーせっと』は、2012年の5月あたりから創作が始まりました。当時は避難区域から来た転校生や、もともと高校は一緒だが、自宅が避難区域にあって、いわきに引っ越してきている子など、そういった人たちの気持ちを考えていませんでした。そのため、相手を傷つけていることに気づかずに生活していました。そのことが震災後の今の私たちにとっての大きな問題だということを先生に言われた時は、今まで何も感じて来なかった自分にとても腹が立ちました。このままの自分がすごく嫌だったし、きっと私みたいに悪気がなくても他人を傷つけている人はたくさんいるのかもしれないと思うと、とても悲しい気持ちになりました。
 そこで私はこのことを作品にして、多くの方に観てもらいたい、そしてこの作品をつくることによって、私自身のこれからについて考えていきたいと思うようになりました。
 この作品が納得のいくしっかりとした作品になるまでには、半年以上かかりました。その間にはもちろん、コンクールなどでお客様に観てもらう機会が何回かあったのですが、この作品自体が自分自身とリンクしていたため、作品の成長過程を観てもらうというのは、その時々の私自身を曝け出しているようで、上演するたびに緊張したし、何よりもお客様がこれを観て、どう感じているかというのをすごく気にしました。
 会津やいわき、新潟と公演をしてきたのですが、特にその中でも、地元いわきでやる公演はその緊張が大きかったです。同じ福島のいわきにいても震災に対して考えることは人それぞれです。だからこそ、震災がテーマの劇ということで相手を傷つけてしまうことも多くあったと思います。そういったことを理解しつつ、自分の実感を信じながら芝居を創っていくのは、辛いと感じることもありました。
 でも私は、この作品はより多くの人に観ていただきたいと思っています。私たちを理解してほしいとかではなく、この作品を観て、何かしら感じるものがあれば、とても嬉しいです。
 私たちは震災によって失ったものや変わってしまったことがたくさんあるけれど、その事実はしっかり受け止めて、これから先もそのことを自分の成長につなげていきたいです。

2012年度卒業 演劇部 吉田桃子

 2013年5月、いわき総合高校演劇部が取り組んでいるのは「覚えていたいのに忘れていくこと」です。被災地の今をどこまで描けるか、描き続けられるかわかりませんが、向き合うこと、考えることだけはやめないでいたいと思います。

(2013年5月29日)

今後の予定

いわき総合高校総合学科第10期生卒業公演

岩井秀人 作・演出(作品名未定)
2013/8/15・16 @いわきアリオス小劇場

いわき総合高校演劇部『北校舎、はっぴーせっと』豊岡公演

2013/8/24・25 @豊岡市民プラザ

長谷川洋子 出演舞台 今日マチ子 原作 藤田貴大 作・演出
マームとジプシー『cocoon』

2013/8/5〜15 @東京芸術劇場シアターイースト

関連リンク

ネットTAMメモ

 その声を届けたい。いわき総合高校演劇部のことを知ったとき、ネットTAM運営事務局で一致した思いです。震災の体験や思いから演劇作品をつくり、各地で発表してきた演劇部の生徒さんたちは、どんな思いで活動に取り組んだのか。若い世代の率直な声をたくさんの人に届けられたらと、顧問の石井先生を通じて本コラムへの執筆を依頼しました。
 震災当時に高校2年生だった長谷川さんと吉田さんの文章からは、自分たちや身近な人たち、そして周囲を取り巻く大きなものに対し、葛藤と消化を繰り返す姿が浮かび上がります。「わかり合えないということ」に対して真摯に向き合い、その現実に揺れ動いてもなお、あるいは揺れ動いたからこそ、わかり合いたいと心から思う。ときに迷い、ときに蛇行しながらも確かに前進していく彼女たちの姿は、多くの人を動かし、背中を押し、新しい道を開いてきました。そんな2人を包みこむような石井先生の文章は、彼女たちの傍らにはいつも、そっと寄り添う人たちの姿があることを物語ります。
 「私たちを理解してほしいとかではなく、この作品を観て、何かしら感じるものがあれば」
 「ここから、自分に何ができるのかということを常に考えて生きていきたいです」
 そう締めくくるしなやかな彼女たちの声は、困難のなかでなお、独特の光と温かさに溢れています。
 震災以降の高校生活のなかで抱いた思いを言葉で綴ることは、簡単なことではなかったに違いありません。それでも、丁寧に向き合ってくださった長谷川さん、吉田さん、そして石井先生に、感謝の気持ちでいっぱいです。

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