[netTAM]
ホーム アートマネジメントに触れる アートマネジメントの力 TAMについて
アートマネジメントの力 > アートマネジメント事始め > アートアートに関する法律入門
アートマネジメント事始め



アートに関する法律入門[2] 法知識はアート関係者にとっての護身用「伝家の宝刀」/「表現の自由」と「表現の萎縮・改変」 Arts and Lawディレクタ 作田 知樹
アーティストやアートマネージャーがなぜ法を知っておく必要があるのでしょうか?

 さて、いったん歴史の話から離れて、アーティストやアートマネージャーの立場から「法」についてどういう態度をとるべきか考えてみましょう。「法」は、犯罪や刑罰に関する法律(刑事法)を除けば、基本的には人と人、あるいは人と組織との間でのコミュニケーションの場面で関わってきます。

 たとえば、初めて会う人とどうやって仲良くなって行くかというプロセスのなかにも、目に見えないルールがあります(それは「マナー」とも呼ばれていますね)。こうしたルールを破るとトラブルになることもあるでしょう。最初に述べたように、法は他人同士のトラブルを規律するものですから、コミュニケーションと密接な関係があります。

 あえて言うまでもないことですが、アーティストやアートマネージャーが社会と対峙する際に必要なのは、その場にやってくる人々とのコミュニケーションに向けられたイマジネーションと創造性(誤解を恐れずに言えば、一種のホスピタリティ)です。このことを「法」との関係で言えば、社会的な存在であるアーティストやアートマネージャーにとって、「法」は避けては通れない問題であるけれども、逆に言えばコミュニケーションを円滑に行い、トラブルを避けることができれば、具体的な「法律」とか「契約」というものをそれほど意識する必要もないのです。

 しかし、そうはいっても、大規模な作品や、観客へ危険を強制するような作品、さらには周囲の環境に影響を与えるような作品はどうでしょうか。ひょっとしたら重大な悪い「結果」を生んでしまうかもしれない作品を実現しようとするとき、勇気だけでその「結果」をカバーできるでしょうか? まず無理でしょう。そこで、必要な予防措置や保険として、具体的な「法律」や「契約」についての知識が役に立つわけです。

 さらにいえば、そもそもプロフェッショナルなアートは、他者/社会に向けられた活動である以上、他者/社会とのトラブルを生む可能性を常に秘めています。観客のけがや、政治的なクレームなど、単にコミュニケーションに向けた努力だけではカバーしきれないような悪い結果を生む可能性もありえるわけです。あなたが何も知らなくても、法的な紛争に巻き込まれてしまうこともありえるのです。しかし、少し正確な知識があれば、法的な紛争になる前に、粘り強くコミュニケーションをはかることでトラブルを解決できる場合が多いのです。私が関わった事例としては、海外のキュレーターと日本国内のアーティストとの間のトラブルがありましたが、法的な争いにすることなく、こちらの主張を整理して粘り強く交渉することで、最悪の結果を免れることができた、ということがあります。
 法律は最終的な勝ち負けをつけてトラブルを終わらせるのには役立つ場合もありますが、多くの場合、法的な紛争になるというのは、力と力のぶつかり合いと同じで、互いにとって利益にならないことが多いです。ですから、法的な知識は、すぐに使うのではなく、護身用の伝家の宝刀と思っていただいた方がよいと思います。


「表現の自由」と、外部のプレッシャーによる表現の萎縮/改変について

 さて、「チリング・イフェクト」という言葉をご存知でしょうか。これは、日本語に直すと「萎縮効果」と言います。特に、「表現の自由」が、外部のプレッシャーによってゆがめられることを指す言葉です。ここでは、芸術家、芸術品が関わる「権利」とは何か? どんなときに自由な表現が萎縮させられるのか? というトピックについて取り上げたいと思います。

 前回市民革命について取り上げましたが、市民革命によって大きく変わったのが、王様や貴族による上からの権力の独占とまったく逆の、「自然権(個人が生まれつき持つ権利)=人権」という新しい考え方が社会の主流になったということです。人間が入れ替わったわけではないのですが、革命によって法的な立場が一気に変わったのです。そしてここから、「私的所有権」「基本的人権」という、今の社会に通じる大転換が起きたのです。

 こうした状況の中で、芸術家の「権利」というものはどうなっていたのでしょうか。実は、かつては芸術家は雇われない限り食いぶちも発表の機会もない職業でした。いわばサラリーマンというか、契約社員のような状態でした。この段階では芸術家に固有の権利はなかったわけで、雇い主の注文に応じて作品を制作していました。ですから、雇い主の肖像を美化して描くといった改変は当然のように行われていたわけです。むしろ、そうした改変を行わないことは契約違反になる可能性すらあったわけです。とはいえ、現在でも、さまざまな形でアーティストやアートマネージャーが外部からのプレッシャーを受けることはあります。
 しかし、「表現の自由」という人権によって、そうしたプレッシャーに対して少なくとも法的には対抗手段を持っているのです。
 もっとも、この点については日本とアメリカなどでは事情が異なります。アメリカでは、政府が私人(たとえばアーティスト)の表現の自由を制限することに対して裁判所が厳格な態度で表現の自由を尊重し、さらにはたとえ個人と個人、個人と企業といった私人の間の関係においても表現の自由が最大限認められるような判例があるのに対し、日本の裁判所では政府と私人という関係においても同程度の表現の自由の尊重がなされているとは言い切れず、ましてや個人と個人、個人と企業といった私人の間の関係においては、表現の自由という人権が適用される範囲がさらに狭くなっている傾向があります。今ではさらに、「著作権問題」がアーティストやアートマネージャーへの「チリング・イフェクト」をさらに強める傾向があります。

 そこで、次回は多くの方が関心を持っておられる、著作権のお話をいたしましょう。

(2007年8月15日)

プロフィール  作田 知樹(さくた ともき)

Arts and Law 代表
東京芸大先端芸術表現科卒、一橋大大学院法学研究科(専門職学位過程)在籍。NPO法人コミュニティデザイン協議会(CDC)会員、行政書士(東京都行政書士会)。10代の頃より、自然科学とともに、現代アートと社会の境界をめぐる問題に関心を持ち、さまざまなアーティストのプロジェクト型/ワークショップ型の作品制作プロセスに数多く関わる。その後、心理学、宗教学や社会学など多様な分野の知見を取り入れつつ、現代アートと社会の境界により直接関わろうと「法律学」をベースとした社会的起業を決心。一橋大大学院進学後の2004年には、それまで日本で例のない、芸術と法を専門とする非営利芸術支援団体「VLA Tokyo office(現Arts and Law)」を立ち上げる。以降ディレクターとして同会を統括・代表するとともに、同会の最大の特徴である、Eメールなどの手段で常時アーティストやクリエイター、支援者からの法律関係の相談を受け付ける無料相談を担当し、芸術家&法律家の両方の立場からのアドバイスを行っている。趣味はサッカー、ダイビング、登山。
おすすめの一冊

『著作権法の解説』
(千野直邦・尾中普子著、一橋出版、2005年[六訂版])

ブックレットサイズの薄い本だが、法律の原則を押さえるのには適している。前回紹介した『こどものためのワークショップ その知財はだれのもの?』を読む際に持っておくと便利。
サイトマップ お問い合わせ ご利用に際して トヨタ自動車の社会貢献活動
© Copyright NetTAM. All rights reserved. [TOYOTA]