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劇場法(仮称)とは

1.現在進行形の法案

 いま、「劇場法」という言葉が演劇関係者や文化政策研究者の間で飛びかっています。ここでいう劇場にはコンサートホールも含まれますので、「劇場・音楽堂」を対象にした法律ということになります。早ければ2010年秋の臨時国会に議員立法で上程されるといわれていましたが、まだその動きはありません。そもそも正式な法案自体が公表されていませんし、「劇場法」という名前自体がまったくの仮称です。公立のものだけでも全国に2,180館あるホール(2010年12月現在、社団法人公立文化施設協会調べ[PDF])から、劇場・音楽堂にふさわしい施設を認定し、その機能を強化していくのが大まかな方向性ですが、これについてもさまざまな議論があります。

 国としては、文化庁が「劇場・音楽堂等の制度的な在り方に関する検討会」を2010年12月から設置していますが、東日本大震災の影響で3か月半以上中断したこともあり、2011年7月時点で検討事項を整理している段階です。この検討会の期間が2012年3月31日までですので、順調に議論が進んで原案作成までこぎつければ、2012年の通常国会(1月~6月)に政府提出または議員立法で上程されるのではないかといわれています。推進している各党の議員連盟と文化庁も密接に連携しているようですし、マニフェストに掲げている党もありますので、上程されれば成立する可能性が高いと思われます。このように法律の必要性は浸透してきているのですが、具体的な論点でまだ一致をみていない点も多く、推進派の人々が期待しているスケジュールで進むかは不透明です。

 演劇関係者のあいだでも事情はまったく同じで、劇場法(仮称)を制定すること自体は賛成でも、具体的な内容になると意見が異なり、総論賛成各論反対の状態になっています。舞台芸術のなかで演劇関係者の関心がとくに高いのは、公共ホールの自主事業や助成制度の枠組みに大きな影響を与える可能性があり、近年そうした環境で育ってきた若手・中堅のカンパニーにとって他人事ではないからです。この法律によって新しい雇用が生まれる可能性もあり、その点も注目されています。これは演劇に限ったことではなく、音楽や舞踊の分野でも同じですが、プロフェッショナルな職業として確立しているオーケストラなどと比べ、経済的に脆弱な団体が多いカンパニーでは、どうしても敏感に反応してしまうようです。劇場法(仮称)の提言がもともと演劇界から始まったこと、推進派の代表的存在である平田オリザ氏(劇作家、演出家)が民主党政権成立とともに内閣官房参与に就任し、法案成立が急速に現実味を帯びたことも、演劇関係者を刺激する結果となりました。

 このように、いま議論の真っただ中にある劇場法(仮称)ですが、演劇関係者ばかりが盛りあがり、ほかの舞台芸術関係者の関心がまだ低いと思います。劇場・音楽堂は演劇のためだけにあるわけではありませんから、他分野の関係者とも幅広く合意形成することが求められますし、最も重要なステークホルダーである観客の声も届いていません。この講座を読んだ皆さんが、これからの劇場・音楽堂はどうあるべきなのかを考え、積極的に意見してくださることを期待しています。

2.なぜ必要なのか

 現在の法律では、劇場・音楽堂というものは、ハードの建物としては建築基準法、消防法、興行場法などで規定されていますが、ソフトとしての機能・役割は何も定義されていません。設置の根拠となる根拠法がないわけで、公共ホールであっても地方自治法第244条の「公の施設」として、ほかの雑多な施設と同様に扱われています。ここで必ず引き合いに出されるのが、図書館と博物館です。これら施設は社会教育法で個別の法律で規定するとされ、根拠法として図書館法と博物館法があり(美術館も博物館法の対象です)、機能や専門知識のある司書や学芸員を置くことが規定されています。これに対し、劇場・音楽堂は機能を規定する根拠法がないため、自治体は建物だけをつくって終わりという状況で、俗にいう「ハコモノ行政」の象徴的存在になっているというわけです。

 これは公共駐車場や公営住宅のように、施設をつくって貸し出せばいいという考え方と同じです。専門知識を持ったプロパーが限られ、芸術文化に疎い出向職員が牛耳る施設が少なくないのも、こうした位置づけになっているためでしょう。しかし、劇場・音楽堂のサービスというものは、単に施設を貸すことだけではなく、観客の立場からは上演されるプログラム自体がサービスのはずです。教師のいない学校や、医師のいない病院がありえないように、劇場・音楽堂も建物だけでいいわけがありません。地方自治法第244条では、「公の施設」を「住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供する」としています。そもそも最初から貸館しか想定していないわけで、これではどうしようもありません。「公の施設」ですから、住民に均等で平等に貸し出す必要があり、条例で例外規定を設けない限り、特定の団体が優先使用や長期使用することも難しくなっています。そこで個別に劇場・音楽堂の根拠法を制定し、機能の充実をはかることを掲げたわけです。平田氏は『芸術立国論』(集英社、2001年)でこう述べています。

 劇場という、その国、その都市の文化の粋を集めた場所と機能が、文化関連の省庁(日本の場合には文化庁)の監督下になく、一般の集会施設と同様に、芸術のことなどまったく理解していない消防署と保健所の管理下にある。そのことの不条理と不合理は、直接的に受益者である住民に跳ね返っている。
 専門の知識や資格もない職員が多大な予算の使い道を決定しているという先述の現状も、この「劇場法」の不在に由来する。美術館が博物館法の下に運営され、学芸員の資格が保証されているように、劇場にもなんらかの資格をもった職員を雇っていく制度が必要だろう。

 平田氏の父親は1984年にこまばアゴラ劇場を東京都目黒区に開業しましたが、当時の目黒区は劇場の公共性をまったく認識しておらず、風俗業とほぼ同列の扱いだったそうです。いじめに近い消防署の指導などがあり、改装工事で開業は大幅に遅れ、借入金がふくらんでいったとのことです。平田氏は『地図を創る旅』(白水社、2004年)で、このときのことを「おそらく一生忘れないだろう」と書いています。平田氏が劇場法(仮称)の急先鋒になるのは、こうした強烈な原体験があるからだと思いますし、個人で劇場経営し、問題点を知り尽くしているからこそ募る思いもあるのでしょう。

 劇場法(仮称)の議論は、日本は欧米に比べて遅れているので、少しでも早く制度を設けて追いつきたいという考えと、いまでも法律なしでまわっているのだから、時間をかけてよりよい法律にしたいという考えが、大きく対立しているように感じます。劇場・音楽堂に対する根拠法が必要という点では一致しているはずですので、この不幸なボタンの掛け違いを直し、両者が冷静に話し合うことが求められています。この講座では、そのための材料をわかりやすく提供していきたいと思います。

(2011年8月15日)

おすすめの1冊

『芸術立国論』 平田オリザ著
集英社
2001年

演劇の公共性を論理的に訴え、文化芸術振興基本法制定から劇場法(仮称)への流れを生んだ。現場の視点から文化政策を問いかけた記念碑的著作。

参考リンク

劇場法(仮称)入門 目次

1
劇場法(仮称)とは
2
これまでの経緯
— 劇場法(仮)の2つの側面
3
現状の課題
4
今後の展望
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