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助成団体にとどまらないアーツカウンシル

~諸外国の文化政策・推進の<型>から

(1)準公的機関による資源の配分や調整

 「入門」と掲げながらも、どうもわかりくいという声が聞こえてきそうな「アーツカウンシル入門」ですが、アーツカウンシルとは、芸術文化の振興を目的とし、高い専門性を有するスタッフが、事業助成のほか精細な評価を行いつつ、その評価内容を助成プログラムに反映させるなど、表現の現場に即した仕組みづくりを行うことにより、芸術の振興に役立てていく公民協働による文化事業の推進組織のことです。第1回ではアーツカウンシルが「組織への補助ではなく事業への助成」を行う組織として、「専門家による評価機能」による「財政の透明化」と「経営感覚の強化」をもたらすことについて整理しました。続いて第2回では、アーツカウンシルには文化行政を担う国や自治体からの「独立性」と、文化政策や施策とアーツプロジェクトなどの事業が効果的に連動するような「計画性」が担保されることが重要であると述べてきました。3回目となる今回は、諸外国の事例をひもとくことで、アーツカウンシルの基本的な組織構造を整理することにします。

 そこでまず、そもそもアーツカウンシルは単なる助成団体を意味しないということ、このことを理解していただくために、2002年9月に社団法人日本芸能実演家団体協議会(以下、芸団協)がまとめた「文化政策形成の仕組みづくりのために--海外比較研究と論点整理--」を参考にすることにしましょう。この報告書は、上野征洋[編]『文化政策を学ぶ人のために』にて英国の文化政策等について詳述している河島伸子さん(同志社大学)がとりまとめの中心となり、2001年の文化芸術振興基本法の施行を経て、今後の日本において芸術文化の振興のための文化政策の形成プロセスで重要となる8つの論点が示されています。その際、フランスと英国とオランダの比較研究をもとに、文化政策の推進の枠組みは3つの形式に整理できることがあきらかとされました。そこでは、英国のアーツカウンシルはそのうちの1つとして「準公共機関型」とされつつ、フランスをはじめとする「ガバメント型」、さらにはオランダをはじめとする公民の「折衷型」とわけられています。

 この報告書によって示された、芸術文化に関する政策立案と推進を担う「準公的機関」が英国のアーツカウンシルであるという点に着目してみると、意外にそうした型は他の分野においても導入されていることがわかります。芸団協の報告書でも、大学などの高等教育機関も同じ構図にあると指摘しています。実際、日本でも、科学技術研究費の助成を担っている日本学術振興会は、独立行政法人という法人形態により、国際交流、成果の社会還元、顕彰、寄付金受入など、多彩な事業を通じて、各種資源(人材・物品・資金・情報・発想・人脈など)の配分や調整にあたっています。逆にいえば、アーティストの国際交流、(文化施設における事業の)成果の社会還元(いわゆる、アウトリーチ)、顕彰(たとえば、大阪市「咲くやこの花賞」など)、寄付金受入(たとえば、大阪府「大阪府文化振興基金」など)といった具合に、文化行政においてもこうした取り組みがなされていることからも、アーツカウンシルもまた、助成以外の多様な事業を担うことになります。

 事実、Arts Council England では、助成事業はもとより、アーツカウンシルが積極的にアーティストやアーツ団体による活動の充実のために拠点形成、など広範にわたる事業が実施されています。ちなみに、これらの事業の説明に対して頻繁に用いられているのが「scheme(スキーム)」という言葉です。単なる「plan」という意味での計画にとどまらず、国家としてこの分野において「無謀」と思われぬように、良い意味で積極的に「謀略」を立て、よりよい未来を創造すべく実践していることがうかがえます。なお、英国のアーツカウンシルについては、ニッセイ基礎研究所の吉本光宏さんが継続的に精緻な調査を行っており、2011年10月の「文化庁月報」の記事において、事後評価も含めた「審査・評価を媒介にした芸術団体などとのパートナーシップ」の構築、さらに評価者や被評価者からのフィードバックをもとにした「助成プログラムの戦略構築と再編」など、英国のアーツカウンシルが「公募型の助成事業」の最適化を基軸としながら、「パイロット事業の実施」や、そうした実験的・先導的・先駆的な事業をもとにした「時代の変化を見据えたビジョンの構築とそれを支えるシンクタンク機能」を果たしていることがまとめられています。

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意思決定と予算執行の相関から見た芸術文化振興の<型>

(2)各国のアーツカウンシルの型

 発祥の地、英国のアーツカウンシルは、いわばアーツカウンシルの機能の「全部入り」ともいえるでしょう。ただし英国では、1946年に連合王国に設置された「Arts Council of Great Britain(ACGB)」が、1994年にイングランド(当初はArts Council of England、現在のArts Council England)、スコットランド(Scottish Arts Council)、ウェールズ(Arts Council of Wales)の3つの国ごとに分割された上、新たに北アイルランド(Arts Council of Northern Ireland)にも設置され、あわせて4つの州で独立したアーツカウンシルが各種事業を展開していることを特筆しなければなりません。なお、スコットランドにおけるアーツカウンシルの機能は2010年7月以降に「Creative Scotland」という組織に再編されましたが、イングランドはもちろん、ウェールズ北アイルランドは引き続き「アーツカウンシル」の名のもとで活動し、いずれの組織も共通して政府による資金とあわせて日本でいう宝くじ「National Lottery」からの大きな支援のもとで、地域特性にあわせた事業や組織の形態で活動がなされています。その中でも最大規模のアーツカウンシルが先に挙げたArts Council Englandであり、いわゆる各国の比較事例の中で取り上げられるイギリス(すなわち英国:United Kingdom)におけるアーツカウンシルの事例には、おおむねイングランド国のアーツカウンシル(Arts Council England)が取り上げられる傾向にあります。

 なお、英国以外でもアーツカウンシルは見られますが、一言でアーツカウンシルといっても、英国のように文化政策と連動して多角的な事業を展開する機関としてのアーツカウンシルばかりではありません。たとえば、米国では連邦政府の機関として「National Endowment for the Arts(全米芸術基金)」が設置されていますが、これは助成金の配分が中心で、各種の事業は州及び管轄行政区単位に設置されたState Arts Agencies(AAA)と呼ばれる個々の評議会(New York State Council on the ArtsやVirgin Islands Council on the Arts)などが担い、それら56の評議会が加入する連絡協議会「National Assembly of State Arts Agencies(全米州芸術機関連合)」と、6つの区分による地域グループ化を通じたネットワーキングにより、各州の事情にあわせて効果的な活動が行えるよう工夫がなされています。その一方で、カナダ(Canada Council for the Arts)やシンガポール(National Arts Council Singapore)や韓国(Arts Council Korea)などは、当初の英国のように、国による文化政策と連動した独立機関としてアーツカウンシルが設置されています。ただし、「全部入り」のイングランドのアーツカウンシルは、吉本光宏さんの論考「英国アーツカウンシル―地域事務所が牽引する芸術文化の振興と地域の活性化」に詳しいのですが、さらに発展的に組織が拡張しており、2002年以降は9つの地域に支部(regional council)が設置され(2010年には9つの地域評議会が4つにグループ化されたうえで)、各支部の長が全国評議会(national council)のメンバーとなり、ロンドンの本部事務所が基本戦略や企画調整、その他政策提言や財務管理など業務の執行にあたってきました。

 そして今、日本でも各方面でアーツカウンシル設置の議論が高まってきました。国レベルでは、2011年2月8日に閣議決定された第3次の「文化芸術の振興に関する基本的な方針」により、当面の5年の間の基本的施策の一つとして「文化芸術への支援策をより有効に機能させるため、独立行政法人日本芸術文化振興会(以下、振興会)における専門家による審査、事後評価、調査研究などの機能を大幅に強化し、諸外国のアーツカウンシルに相当する新たな仕組みを導入する」ことが掲げられ、振興会内に設置された「文化芸術活動への助成に係る審査・評価に関する調査研究会」により、9回の議論とパブリックコメントなどを実施を経て、2011年6月10日に報告書「文化芸術活動への助成に係る新たな審査・評価などの仕組みのあり方について」がまとめられました。こうして、2011年度から「日本版アーツカウンシル」の試行的な導入として、振興会の基金部の専門職員として、分野別のプログラムディレクター(PD)1名と複数のプログラムオフィサー(PO)が採用されました(http://www.ntj.jac.go.jp/kikin/pdpo.html)。そして同時期に、第3期東京芸術文化評議会では、2012年度中に公益財団法人東京都歴史文化財団内にアーツカウンシル東京を設置することが決定されたため、2011年度内にスタッフは公募され、2012年4月から準備機構として活動を開始しています。

 今回、改めてアーツカウンシルが助成団体の機能に止まらず多彩な事業を展開する(あるいは、しうる)組織であることを確認した上で、各国で制度が導入、定着、発展しているアーツカウンシルとは、芸術文化の発展のための「道具」(ツール)ではなく、「制度」(ルール)づくりであることを強調しておきます。すなわち、アーツカウンシルが設置された国や地域においては、あるいは設置された国こそ、あくまで芸術文化の担い手はアーティストやアーツ団体などなのです。アーティストやアーツ団体が芸術文化の発展の担い手であることは、たとえば、Arts Council Englandがいわゆるキャパシティビルディング(力量向上)が図られるよう、顧客開発や広報戦略のためのツールキットを提供し、いわば個々の活動が外部からの支援をより受けやすくするように「受援力」が高まる素材を提供していることからもあきらかです。アーツカウンシルは単に助成団体だけでなく、お金と人の流れが変わる社会基盤(プラットフォーム)である、これらを各国の事例から見つめたうえで、次回は筆者も制度設計に携わっている大阪の事例を述べていくことにいたします。

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各国のアーツカウンシルの構成要素の比較 ※図をクリックして拡大

(2012年7月17日)

おすすめの1冊

吉本光宏「英国アーツカウンシル―地域事務所が牽引する芸術文化の振興と地域の活性化 雑誌「地域創造」、vol.29
2011年
上野征洋[編]『文化政策を学ぶ人のために』 世界思想社
2002年

アーツカウンシル入門 目次

1
複数形の<アート>を評議する
~アーツカウンシルが問う芸術文化
2
行政とアーツが適度な緊張感を持つ
~アーツへの独立性・アーツの計画性
3
助成団体にとどまらないアーツカウンシル
~諸外国の文化政策・推進の<型>から
4
自治体立アーツカウンシルという挑戦
~大阪で「自治を再発明するねん!」
~大阪のアーツカウンシルでの基本的な考え方
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