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生活を微視的に見つめる視線、の先に広がる都市空間

はじめまして。藤末萌と申します。

わたしは2016年春から建築系のパブリック・リレーションズ(PR)やイベントマネジメントのフリーランサーとして活動をはじめました。まだまだその道のプロです! と胸をはれない新米ではありますが、さまざまな出来事の現場に出かけてチームの一員に入れてもらっては、専門ではない方にも楽しくわかりやすく建築にまつわる活動をお伝えできるよう建築系PRとしてのあり方を探っています。

先日イベントマネジメントで参加したParallel Projectionsは、より一層その思いが強くなる出来事でした。140組の同世代の建築人(設計者だけでなく、建築に触れる仕事をしているすべての人)たちの取り組みを総覧すると、活動の幅がものすごく広く、解像度が高く、同時多発的で、竣工写真を撮って設計コンセプトをテキストにまとめる、という従来の発信方法では取りこぼしてしまうことが多すぎる! ということがよくわかりました。隅の方ながらも建築という文化にかかわる人間として、とてもとても悩ましく思っています。

そもそも設計者としてではない建築へのかかわり方を考え始めたのは、大学院在学中に建築家の藤原徹平さんからのお誘いで「漂流する映画館/5windows」というまちあるきと映画上映を組み合わせたようなイベントの制作にかかわる機会をいただいたことがきっかけでした。

イベントの企画・運営・上映会場の製作など小さくない裁量が私を含む学生数名のメンバーに任されるという、今思えば随分思い切った舞台裏を持つこのイベント。当時感じた、建築と都市という自分の専門領域の縁に立ちながら映画やアートイベントとつなげていくような、ワクワクする感覚はいまもずっと持ち続けています。

5windows
監督:瀬田なつき
音楽:蓮沼執太
トレーラー製作:studio402

漂流する映画館 "Cinema de Nomad”
ディレクター:藤原徹平
空間設計・制作:noma(伊藤孝仁、藤末萌、森純平、他)

横浜・黄金町を舞台に製作された短編映画を、同じ場所の5つの空間に散りばめて上映しました。参加者にはまちを散策しながら自由な順番で鑑賞してもらい、スクリーンの外側のまちの体験と、スクリーンの内側の物語が呼応する。という鑑賞者それぞれのなかに新しい黄金町のストーリーを描き出す試みでした。

今回は2011年の「漂流する映画館」で学生メンバーとして協働し、現在はそれぞれ建築家として活動する伊藤孝仁氏、森純平氏の取り組みをご紹介したいと思います。私を含めた3人とも卒業後はかなりバラバラな活動をしてきたはずが、共感の多い現在地にいると気づいたのはわりと最近のことです。

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丘の町の寺子屋ハウス「CASACO」
設計:tomito architecture
フロアの真ん中にある、対になった階段は二軒長屋のなごり。二軒を隔てていた壁や床の一部を取り払い、開放的なホールになっています。

横浜をベースに活動している若手建築ユニットtomito architecture。伊藤孝仁氏と冨永美保氏の二人が手がけたリノベーション物件「CASACO」は2016年春、京急線日ノ出町駅のすぐそば、東ケ丘にオープンしました。築70年の二軒長屋を改修した小さな公民館のようなこの施設は、多国籍多世代があつまるホームステイ住居であり、寺子屋であり、集会所でもあるという、何が起きても不思議ではないプログラムをもっています。

とめどない(時にとりとめもない)可能性をもった計画の中で、建築という動かない器を考える。その手がかりを求めて東ヶ丘のまちを観察することから始めた二人は、そこで同時多発的に起きている小さな出来事たちを「出来事の地図」として一枚の絵にまとめました。

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出来事の地図
東ヶ丘でおきている大小様々な出来事を標高(縦軸)と時間(横軸)の概念をもった4コマ漫画に表すことで、それぞれの相関が浮かび上がります。それらの延長としてCASACOでのこれからの活動も提案(赤枠)されています。

設計にいるもの/いらないものといった単純な切り分けをせずにまちの生活すべてをフラットに把握して咀嚼する。その姿勢はそのまま、CASACOの佇まいに表れています。一見バラバラな活動もひとまとまりに許容するCASACOの空間にいると、彼らは器をつくったようにも見えるし、無数の生活を少しずつ切り取って囲う補助線を引いただけのようにも見えます。

そして、新しい空間ができること=まちにとって非日常が生まれること、を観察や設計の過程、自主施工のプロセスの中でじわじわと地域住民を巻き込みながら日常化したことで、竣工後間もなくから違和感のない居心地のよさをつくり出しました。tomito architectureの二人は今後の運営にもかかわるそうで、地域住民の“やってみたい”を受け止めながら建築と東ケ丘そのものを育てていくという息の長いプロジェクトになりそうです。

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CASACO外観
集まる人達がそれぞれの過ごし方を見つけられるエントランス。其々にバラバラな振る舞いであっても一体感が生まれる軒下の空間は東ケ丘の新しいアイコンになっています。

一方、森純平氏は「PARADISE AIR」という千葉県松戸駅前のアーティスト・イン・レジデンスの活動を通してまったく違うアプローチでまちにかかわるプロジェクトを進めています。

カップルホテル廃業後の建物をパチンコ店「楽園」が購入、7階建てのうち3階までを店舗利用していたところを、未利用だったフロアを借り受けレジデンス施設として運営を始めたのは2013年のことでした。現在は一般社団法人PAIRを立ち上げ、建築家の森氏、音楽家の庄子渉氏、映像作家の金巻勲氏や私も含め、それぞれに専門をもったフリーランサーがコアメンバーとなり多様なアーティストを受け入れレジデンスを運営しています。

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PARADISE AIR 外観
撮影:加藤甫
松戸駅西口から徒歩3分の場所に位置するパチンコ店「楽園」のビル。ビルオーナーより4・5階をほぼ無償で提供してもらうことでPARADISE AIRの活動が実現しました。オレンジ色のキッチュな縁取りの窓が目印。

ここは江戸時代の松戸宿の歴史になぞらえた「一宿一芸」(=まちに新しい視座を持ちこむアーティストの宿泊は無料、そのかわりに作品やパフォーマンス等の芸を残してもらう)というコンセプトで運営され、地元の人々と協働し、3年間で50組以上のアーティストの活動を支援してきました。

PARADISE AIRは元ホテルということもあり、居室・水まわりがきちんと備わった宿泊施設である一方、月に3〜4組訪れる国内外のアーティストの発表の場はまちの中に求められます。松戸というまちを世界に開きながら、“いわゆる”ベッドタウン・東京郊外のまち並みにアートという非日常を挿入し続けることでまちの文化のアップデートをはかる試みです。

TEST ―西口公園での8時間― エミリア・ジュディチェリ
映像編集:金巻勲
フランスから次作のパフォーマンスのヒントを求め松戸にやって来たエミリア。約2週間の滞在後、松戸駅西口公園にて8時間におよぶ実験を行ないました。パフォーマンスに参加している人たちはほとんどが偶然通りかかった人ばかり。パブリックスペースにあるさまざまな身体や音の存在を会話以外のやり方を通じていかに誘導できるか? というチャレンジとなりました。

建物オーナーをはじめ、地元町会や松戸市との対話を重ねる中で協働の糸口を見出しながら進められてきたこのプロジェクト。カップルホテルやパチンコ店といった、時に“隠すべき”とされてしまうようなまちの文脈をハッキングし、アートによる小さな転換を試行し続けています。特に施設立ち上げからかかわる森・庄子両氏のまちの人的・物的ネットワークの解像度の高さは、新たなフックをかける場所を見つけ出し、松戸という都市像を上書きしていくPARADISE AIRの活動の重要な下地となっています。

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PARADISE AIR の一室
撮影:加藤甫
オーストラリア、メルボルン在住の音楽家スイ・チェンによるレコーディングの様子。PARADISE AIR内部はカップルホテルそのままの内装が残っています。宿泊するアーティストにはそれも一つの面白みになっているようです。

建築を取りまく状況は刻々と変わり、インディペンデントに活動する若き建築家たちの表現の場がなくなってしまうんじゃないか、と思えてしまうときもあります。“建てない建築家”という言葉が、建築家がさも建築をあきらめたかのように(文意とは異なって)ひとり歩きしたときもありました。

しかし、彼らのまなざしをよくよく観察してみると、やっぱりとても建築的で都市的で、オファーされるのを待つのではなく自分たちが開拓できる/すべき場所を見出し始めていることがわかります。一つひとつは小さな遅効性の取り組みですが、それらが群として立ち現れる未来を見てみたくて、今この働き方を始めてみたんだと思えます。

まわりの生活を微視的に見つめる視線、の先に広がる都市空間。それはきっと沢山のたくらみであふれていると想像できて、ついつい「建築っておもしろいんだよ!」「一度遊びにおいで!」と見ず知らずの人にまで声をかけてみたくなるのです。

(2016年12月10日)

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