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このまちの話を聞かせて

赤い実の夢

 レッドベリースタジオは、築50年の家を建て替えするとき副産物として生まれた15坪の空間です。JR駅まで徒歩5分。地下鉄まで徒歩8分の住宅街。外壁の文字「REDBERRY STUDIO」は表通りからもよく見えます。内部は白い壁にフローリング床、天井高4.5m、明るい陽射したっぷりで、実に静かです。カンヌ映画祭で脚本の賞をもらった友人がレッドベリーを見てこんなことを言いました。
 「カンヌの映画祭って、赤じゅうたんのメイン会場のほかに、ちょうどこんな感じの小さな上映会場がたくさんあって、それぞれ違ったジャンルをやってて、それ全体でカンヌ映画祭なのよね」
 そう、それが夢ですね。ここは、個人が運営する公共空間。そういうギャラリーや ミニシアター、ブックカフェなどが、近頃札幌で林立傾向。うれしいことです。

 レッドベリースタジオは、演劇に使われることが多かったのですが、あまり劇場らしい空間ではありません。昨年ピアノを入れてからは、オペラやオーケストラの練習、レッスン、コンサートなど音楽の利用が増えました。先日やっとプロジェクターを買ったので、これからは映像関係も増やしたい。7年目の今年は「レッドベリーアーツセミナー」という、いわば生涯学習プログラムにも取り組んでいます。
 つまり、パフォーミングアーツ、ファインアーツのみならず、生活文化、リベラルアーツをも混ぜ込んで、この小さな空間をコミュニティアーツセンターにしよう、というわけですが、ここにはやはり、ぜひ演劇的要素が必要だと感じるのは、出会った人間同士をとても密接に結びつける力があり、生活に変化や深化を生み出すからだと思います。以下にその事例をふたつ挙げてみます。

レッドベリースタジオ
レッドベリースタジオ

かけがえのない時間を一緒に楽しむ「八軒物語」

 「このまちの話を聞かせて~八軒物語」は、レッドベリースタジオの所在地・札幌市西区琴似・八軒地域の、歴史やエピソード、出来事や未来の夢などを、住民とアーティストが一緒に、手軽な表現形態で作品にして積み重ねていこうという気の長いプロジェクトです。2003年からスタートし、これまでに寸劇、朗読、歌、放送劇、映像構成やひとり芝居などが生まれました。
 岩沢健蔵さんは八軒在住で、定年退職後も仕事を続けながら、戊辰戦争から明治初期の北海道の歴史に関心をもっていました。(ちなみに、屯田兵村があった琴似は明治がとても身近に感じられるまちなのです)。そんな折、岩沢さんは八軒物語の発表を見て、自分も何かやってみたいと、小説「島村すえ独り語り」を書きました。屯田兵の妻として入植したおばあちゃんの想い出語り。この作品を原作として製作したのが演劇「八軒物語・すえ語り」です。「これを舞台にしてみましょうか」と動き始めた時の岩沢さんの大活躍は本当にすばらしいものでした。目を輝かせ、頭の中は芝居のことでいっぱい。よく語り、よく飲み。しかしこのとき岩沢さんは癌と戦っていました。ヴァージョンを重ね、4回の公演を終了して10か月後、岩沢さんは亡くなりました。亡くなる2か月前まで地域のコミュニティラジオで独自の社会時評、文化論を展開しました。

 お通夜の席でご家族から詳しく聞かせていただいたのですが、岩沢さんは東京下町育ちで、職人肌のお父さんに連れられてずいぶん歌舞伎や芝居を観たそうです。若い頃はもの書きをめざし、天性の声に恵まれてアナウンサーを志したそうです。しかしそうした経歴は、50年近い勤務で具体的にいかされることはありませんでした。最後の2年間、岩沢さんと私たちは八軒物語を通じて知り合い、一緒に楽しみ、遊び尽くすことができた。そんなつながりがもっともっと地域に広がったら、私たちの時間はさらに深く、私たちの街はますます懐かしい場所に、なるだろうと思うのです。
 その芝居を見たら、いつも見慣れたまちが違って見える。そんな作品を、みんなでつくっていきたい。それは芝居でなくとも、一篇の詩でも、オブジェでも、映像でも、何でもいいのです。そうそう、そういう歌がひとつ、できています。これも「八軒物語」の作品のひとつ、なんとゴスペル調の八軒讃歌です。岩沢さんはこの歌を聞いてすっかり楽しくなり、イメージがふくらんだ、と言っていました。

「八軒物語2003」より「はちけんソング」
「八軒物語2003」より「はちけんソング」

"The hachiken song"

Let me hear the story
Tell me 'bout the story
Now we show you the story
The Hachiken Story!

Communication
Collaboration
And Happy times

Come together for our future
for your dreams
for our children
For our way of life

hachiken!
hachiken!
wonderful place


さめさま登場「石狩弁天まつり」

 これは札幌の隣町・石狩市の教育委員会から委託を受けて実施した半年がかりの仕 事でした。
 石狩は、大河・石狩川の河口、古くから秋サケ漁で栄えた日本海のまちです。潮風にさらされ、大火などもあったため、古い建築物などほとんどありませんが、たくさんの寺や神社、サケ料理専門の料理屋さんなどがあり、往時の繁栄をしのばせます。現在は町の中心が内陸に移り、札幌のベッドタウンとして急速に人口が増えていますが、来歴の異なる広大なエリアを包括するため住民の間に「石狩市民」としての一体感が生まれにくい。そこで市は石狩発祥の地である河口の石狩本町に「弁天歴史公園」を整備し、博物館や温泉・宿泊施設を併設。さらにこの場所を活用した催事の予算を組んで、地域への愛着や求心力を育てようとしていました。
 私が受けた仕事は、小学校から高校までの子ども達を対象に表現ワークショップを行い、その成果を、夏の「弁天まつり」に野外ステージで発表するというものでした。

 弁天歴史公園の隣に「石狩弁天社」という小さな古いお宮があります。漁業者の守り神・弁天様とともに、地元で「さめさま」と呼ばれ親しまれている石狩川の主・チョウザメの神様「妙亀法鮫大明神」が祭られています。
 さて、計画をすすめる中で、「弁天まつり」とこのお宮の祭礼は別々のものだという ことがわかって驚きました。「弁天まつり」は、すぐお向かいの「弁天会館」(町内 会館)を中心とするお祭りだというのです。
 それでも私たちスタッフで話し合った結果、子どもたちと一緒につくった大道芝居のラストには「さめさま」に登場してもらいました。家庭用品をアレンジして作った「さめさま」の頭を先頭にみんなで綱を引いて行列をつくり、以下のような祭文を唱えながら弁天社にお参りしました。

さめさまさませ

さめさまさまそ

さますおとおくれ

くったらうまいか

うみかわわかれた

さめさまさまさめ

 うれしかったのは翌年の「弁天まつり」です。久しぶりに出かけてみると、なんと弁天社の祭礼が同じ日に行われていました。例年通りのにぎやかな出店、通りいっぱいにくり広げられるダンス。真っ白な弁天社の幡が何本も翻り、お宮には灯がともって、氏子の人々が顔を揃えていました。漁業者の神様とされていた「さめさま」が、みんなの神様になってくれたのでしょうか。私たちの祭文「さめさま醒ませ」が、地域の常識にちょっとだけ風を送ることができたのかもしれません。

石狩弁天まつり
石狩弁天まつり

(2007年6月17日)

今後の予定

■REDBERRY ARTS SEMINAR 2007 #4
植物画(ボタニカルアート)入門講座
※赤い実企画の名前の由来は、かりんず(レッドカーラント:ふさすぐり)。
レッドベリースタジオの庭の植物を描いてみましょう。
日時:8/5(日)10:30-15:30
場所:レッドベリースタジオ
講師:中島香代子
受講料:5,000円(教材費こみ)

かりんず かりんず

■Opera Unit km
歌劇発表会的実験 VOL.2
オペラ「 I Capuleti ei I Montecchi 」ショート・アプローチ
※ベッリーニ作曲、ロミオとジュリエットの物語です。
日時:9/8・9(土日)
開演時刻:未定
場所:レッドベリースタジオ
入場料:1,000円

■うそっぷの会10周年記念公演
※うそっぷの会は、視覚障がい者と睛眼者が一緒に朗読劇をつくることを楽しみながら、楽しい舞台を届けることを通じて地域社会貢献活動を行っているグループです。
日時:12/8(土)
開場:13:30
開演:14:00
場所:かでる2・7ホール
入場料:1,000円

うそっぷの会 うそっぷの会

関連リンク

おすすめ!

  • 内田樹の研究室
  • 週に一度は見にいきます。話題の広さ、熱のこもった言葉の洪水にあ然。おもしろい。

  • 『花のほかには松ばかり〜謡曲を読む愉しみ』 山村修著(檜書店
  • 書評家<狐>の遺作。謡曲がこんなに鮮烈、魅力的な世界だったなんて。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

<ども:安念智康さん、優子さん夫妻へ>
4つ目の建物がオープンして2回目の夏ですね。最初の「ども」がオープンした26年前、ちょうどその頃私は4プラホールで芝居と出会い、駅裏8号倉庫で「場」を運営することのおもしろさを知りました。
以来現在まで、どもさんの動きは、私にとっていつも大切な指針です。ついに「立ち退き」を心配しなくてもよい「自分の城」を持ったどもさん、次の一手はなんですか? バトン、受けてください。
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