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リスクの洗い出し



なぜいま、アートにも「リスク・マネジメント」が必要なのか

 興業主や主催者のアートへの関心は、内容の良し悪しやヒットする内容であるのかといったことに向けられ、観客へのアピール方法や効率、採算を重要視する傾向があり、安全・安心といったことにはあまり関心が向けられにくい状況があります。

 施設を例に考えてみましょう。アート関係の施設は日本全国の各市町村にまで存在しますが、小泉内閣当時、芸術についても効率化が重視されるようになったために、「民営化」による指定管理者制度に移行した文化施設も見受けられるようになりました。指定管理者制度をすべての領域に適用するのは問題があります。施設の規模や成り立ち、施設の種類といった要素によって判断すべきものです。
 市町村の公民館レベルの施設には指定管理者制度は問題なく採用できるものと考えられます。一方、ある程度の規模がある施設はその管理内容を十分に吟味しなければなりません。アート系の施設でも、劇場や公会堂などの施設は鍵の管理を指定管理者がおこなっても問題は少ないでしょう。しかし、昨今完成した近代的設備を導入した劇場等は、舞台設備がコンピュータ制御となっているため、扱い方に慣れないことが原因の事故の危険性が高いといえます。理由は劇場の使用形態にあります。施設を外部に貸し出すことが中心で、借りた団体が施設を使用するため、不慣れなことが多いのです。現に愛知県では、舞台施設の安全使用に関する研修会が実施されています。
 財産を預かる美術館・博物館では、鍵管理の問題と運営面で問題があるにも関わらず、指定管理者が入札で決定されるために、その決定に至る過程での判断要素が金額のみという事態になっています。

 このように、ともすると効率や採算が優先されがちな運営プロセスにおいて、財産管理や事故の防止といった観点から安心や安全を確保するためにも、アートの領域でもリスク・マネジメントが必要になっているといえます。

芸術の分野によるリスクの洗い出し

 アートの分野は、文芸、音楽、パフォーミングアーツ(舞台芸術)、デザイン等に分類することができます。アートに関するリスクの洗い出しは、それぞれの分野によって特徴があります。
 アートを「展示系のアート」と「上演系のアート」にわけて、リスクを考察してみましょう。

 一般的に展示系では、人類共通の財産である美術品を展示して入場者に見せています。歴史的に価値のある展示物を後世に伝えるためには、収蔵庫に一定の温度湿度で保管しておけば安全で変質することも少ないでしょう。一方で展示し多くの人々に見てもらうことは重要です。しかし展示することで、紫外線・赤外線・温度湿度の変化によって美術品が変質する問題が生じます。このように、「保存」と「展示」という相反する行為をうまくおこなうための手法として、欧米の美術館でリスク・コントロールの手法が研究され確立されてきました。作品を後世に伝えるため、事故が発生しないようにするリスク・マネジメント手法が蓄積されてきたのです。

 上演系は比較的事件・事故の発生する確率が高い分野です。最近で記憶に新しいのは、オードリーの春日俊彰氏が撮影中に足を骨折したこと、少し前には新橋演舞場での滝澤秀明主演の火を使った舞台で(事前に消防署に届けをしていた)火の粉が奈落に落ちホコリに引火してボヤが発生し観客が避難したことなどがありました。
 暗い舞台で誤って奈落があけられていたため役者が気づかずに奈落に転落し死亡したことや、映画撮影中にエキストラが水死してしまったこと。イベント会場で設営中にスピーカーが落下したことや、「高校演劇研究大会」の上演中に舞台上につり下げられていた看板が落下し女子高生4人がけがを負ったこと。また公演中の劇団員が仕出し弁当を食べ食中毒をおこしたこと等々、事故は数多く発生しています。

 これらの事故の原因は、十分な制作予算がないため無理なスケジュールによって発生するものであったり、主催団体ないしは主体が制作費を抑えるため下請けを使用し、制作現場と十分に連携がとれていないため発生したりということが挙げられます。事故防止には十分な予算とゆとりをもったスケジュール等が重要なキーポイントになります。
 これらのリスクに対応する場合、財力がある企業・団体であれば小損害についてはリスクを保有することも考慮可能ですが、アート分野では財力のない企業・団体が比較的多いこともあり、リスクヘッジを確実にするため、損害保険を確実に手配し事故等不測の損害に対処することが、被害者を救う確実な手段となります。
 日本芸能実演家団体協議会(芸団協)は、俳優、歌手、演奏家、舞踊家、演芸家、演出家、舞台監督など芸術に携わる人々の著作権や人権確立に向けた運動をしていますが、現場に携わる労働災害補償制度の実現と安全対策の確立のために、芸団協の支援のもとで各種芸能関係者の団体からなる労災連が立ち上げられ、活動をしています。

 以上のように、アートのリスク・マネジメントに関して特徴的なのは、上演系のアートでは事件・事故が比較的多く発生しているということです。一方展示系のアート、そのうちの美術展は、リスクが巨額でありながら事故が極めてまれでリスクが良く、上演系と正反対の位置にあることです。

「人」「物」「金」「賠償責任」「費用利益」等の要素による
リスクの洗い出し

 リスクの洗い出しをする際には、「人」「物」「金」「賠償責任」「費用利益」といった要素で考えると容易に見つけ出すヒントになります。

 例えば「人」を例に考えると、アーティスト、スタッフ、入場者といった人々が考えられます。「物」は、展示系では展示する主体となるもの(作品等)であり、上演系では舞台セット、衣装、楽器等が考えられます。「金」は入場料収入の売上金、会場での物品販売の売上金、また釣り銭などが考えられます。「賠償責任」では、アートイベントを遂行する上でその事業遂行にともなって発生する周囲への影響を予想します。会場周辺の第三者に対する法律上の賠償問題や、入場者に対する施設の問題から発生する法律上の賠償責任が考えられます。また会場で販売される飲食物の食中毒による賠償責任、販売された物品の賠償責任等も考えられます。「費用利益」という言葉は少しわかりにくいのですが、具体的に例をあげると、屋外のイベントは天候に左右され、支出した費用が雨で中止となった場合、その費用が無駄になってしまいます。これが費用利益とよばれるもので、このようなリスクについても考慮する必要があります。

 このようにして洗い出したリスクに対する保険の種類を具体的にみてみましょう。

 具体的に「人」に対する保険を検証してみると、アーティストには生命保険や傷害保険を手配します。スタッフは労働災害補償、アルバイトには傷害保険といった保険で対応します。入場者には入場者傷害保険が考えられます。またボランティアを動員する場合、そのボランティアのけがや死亡といったことを考えてボランティア保険をかけます。フリーランスを使用する場合は、契約の条件等もきちんと契約書で明確にしその保険対応も考慮しておかなければなりません。
 「物」は公演にともなって輸送される対象物に対する補償となります。展示系では絵画、彫刻、写真等があります。これらの輸送・展示中のリスクを補償するのが物に対する損害保険で、「もの」保険といわれています。上演系ではオーケストラの高額な楽器であるとか、舞台であれば舞台セットなどの大道具、小道具、衣装などの損害保険です。
 アートの主催者が一番気にかかることは、興行の収益がどうなるのか、入場者が多数あるか、チケットが売れ残らないかなど、「金」に関わる部分です。「金」は実際に現場で売上金等が流動しており、その現金を銀行の口座に入金するまでの盗難をカバーする損害保険も考慮しなければならないことになります。

 「費用利益」の具体的例は、身近なところでいえば体育祭にお弁当を業者に発注し、万一雨で体育祭が中止となった場合、その費用が無駄になってしまいます。このように、支出した費用を中止にともなってカバーする保険が費用利益保険です。規模の大きなイベントではオリンピック、ワールドカップ、音楽のコンサートなどが挙げられます。この保険はイベント保険と呼ばれ、以前は一件ごとに監督官庁への申請が必要な時代もありました。イベントの中止が主催者判断となることもあるため、安易な中止を防止するための自己負担がある特殊な保険です。保険は個々のケースについてオーダーメードの保険となるため、保険設計に当たっては仔細な資金計画を保険会社に提示し、中止判断を誰がいつの時点でするのか、中止となっても支出をまぬがれる費用はなにかといったつめを要することになります。

(2010年6月15日)

アートのリスク・マネジメント入門 目次

1
リスク・マネジメントとは
2
リスクの洗い出し
3
リスク・マネジメントにおいて重要な経験値と対応の姿勢
4
海外事情と日本の課題
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