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アーティストとして



前回の予告には「次回のコラムでは、上記のような運営側の考え方に対して、現在RCにかかわる人たちがどう感じ、どのような学びがあるのかを掲載していきます。」と記載したが、今回は予定を変更して、私が、「アーティスト」という立場として、Relight Committeeに携わる意味や考えを、ここで共有させていただきたい。

内容変更のきっかけは、私の第2の母国であるアメリカでの大統領選で、トランプ氏が勝利したこと。衝撃だった。当然のことながらの喪失感、クリントン氏勝利を周りに断言していた自分の世の中に対する視野の狭さや考えの甘さを痛感し、また、一般有権者の得票数を勝ち得たにもかかわらず、現行の選挙制度の中では敗者となる現実・政治の怖さ。

わたしは一人の人間として、またアーティストとして何ができるのか、これから何をすべきなのかを考えた。その場限りのリアクション(反応・反発)ではなく、リフレクション(熟考)をし、そこからどうアクション(行動)するのか。また同時に、これからもRelight Committeeの一員として、アーティストとしての自分の見解を整理する必要性を感じた。

そこであらためて、当事業の活動にも通じる、個人がもつ世の中に対する関心や指標、そして社会環境に影響されながらも自分でしか育めない(非)常識、道徳・倫理、価値観という「日々の営みにおける本質」を見直し、問い直すことだと思った。「あたりまえ」って誰にとっての「あたりまえ」なのか。日常に意識を向けることの大切さは?そこにある己の足元とは何か?

アーティストであること

東日本大震災を機に日本への帰国を決意したものの、長年住んでいたアメリカでのアーティストとしての仕事を、どうしたら継続できるか思い悩んだ時期もある。アメリカではアーティストという定義はもう少し広域で、その特異性が尊重された働き方ができた。しかし、帰国後にアーティストと肩書きを説明すると「へ〜」となり、対話が途切れてしまうことも多々あった。そして、わたしの仕事内容や働き方について説明すればするほど、「これってアーティストのやることなの?」だとか、「何をしているかわからない」という指摘をされ、落ち込んだこともある。そして、アーティストとしての自分を伝えることができないことが、何よりも悔しかった。

わたしは、アーティスト自らの身体をメディアと位置づけ「作品」構成をするパフォーマンスアート(Performance Art)がバックボーンとしてある。特に前衛運動/芸術表現として知られるフルクサス/ハプニング、R・シュタイナーの影響を受けたヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys, 1921-1986)が唱えた社会彫刻という概念、また「スペクタクルな社会」で知られるギー・デュボール(Guy Debord, 1931-1994)が設立したシチュアシオニスト・インターナショナル(SI)など、当時少数派が支持した1960年〜80年代当時の現代アートの流派や、その後のアートの機能性を探求する社会解決型の潮流に魅了・影響され、作品を制作してきた。 作品のカタチは多様であるが、ここ数年のこだわりは「共育の場」という作品(Artwork)をつくることにある。わたしは、「ひと」は他者と触れあうことで生命力をもつ表現がなされ、それらの表現が掛け合わさり、日常生活の営みから「あたりまえ」が浮き彫りになると思っている。この循環・きっかけを生むのが「アート」の存在だと考え、そこからコミュニティへの道が開かれる。そのためにも、見えないもの・見えにくいものの多様な価値・意味・文化を見出す、人と人との関係・交流・学び合いが起きる「共育の場づくり」をしている。活動拠点の課題(コンテクスト)をふまえ、制作過程に比重を置き、関係者すべてに共益をもたらすコミュニティ・エンゲージメントを主軸に、具体的な解決に向ける行動とそれに伴う表現のバランスを常に考えながら作品制作をしてきている。

Relight Committee という「作品(Artwork)」=「共育の場」

わたしにとって、Relight Committeeは、「作品(Artwork)=共育の場」と考えている。この活動を、アートの歴史的文脈から語るのであれば、大衆を意識し、かかわる者すべてに共益が生まれ、社会にある課題解決に向けた行動を目的とする活動のフレームであるソーシャリー・エンゲージド・アート(Socially Engaged Art)の実装として位置づけることができる。また、ここでいう社会課題とは、「生と死」を考えることから見えてくるものであり、それは、Relight Committeeに参加する人々がそれぞれ持つものである。この社会彫刻家の輩出することを目的とした活動・環境を通じ、人々の想像・創造性こそが社会を形づける本質であることを実感してほしいと常に考えている。

また、社会彫刻という芸術的観点から理想像を見出すのか、あるいは、この理念をコミュニティ形成の理念とするか、共育のスキームを考える中で、これらの概念の構造を応用することから見えてくるオルタナティブな学びの環境だからこそ、日常の中の潜在的な力を、あたかも彫刻のように可視化することができると考える。

特別な人のみがアートを営むのではなく、ひとりひとりが役割をもち、責任を持ちながら生きることで、より成熟した社会を創成することが社会彫刻に他ならない。彫刻するということは、何かを形成するという意味と同様に、社会の中で人間同士の関係性を浮き彫りにすることである。無論、社会形成の一角を担うことが、当分野で働くアーティストたちの使命でもある。すべての市民が何らかの役割を自発的に見いだすことができることや、現代社会に向き合うことによって、豊かな社会構造の形成へとつながるものと期待する。

わたしは、アート作品という名を借りたパブリック・マスターベーションのような自己満足型の表現への限界、そしてそれだけでは、一人の人間として、そしてアーティストとして、この世の中で生きている意味すらわからなくなった。そうした時期を超え、Relight Committee のような、人間と人間が絡み合うことのみでしか出来上がらない世界、それぞれの肉体の中にある世界観が重要であると考えている。そして今は、Relight Committeeにかかわる一人のアーティストとして、このような身体観(Body Concept-body politics/social body)がかけ合わさり、新たな想像・創造を生み出し、そして、ここにかかわるすべての人の独創性が尊重、反映される土壌である共育の場=作品(Artwork)に身を置きながら、これからの社会について考えていきたい。

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重さで立てなくなるまで、水に浸した服(=skin/皮膚)を重ね着するパフォーマンス。
「Skinshipu」
Deformes: Performance Art Biennale Universidad de Arces
Santiago、Chile (2007)
Photo courtesy of Jeremy Liu
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にがうり推進協議会(2004〜現在)
Photo courtesy of the National Bitter Melon Council
「苦瓜を通じてより良い暮らしを」をモットーに、「苦い」感情と味覚について探求し、コミュニティづくりを実装するプロジェクトである。苦瓜をメディアに、食、農業/CSA、同質療法、マッピング、コミュニティガーデン(CG)、ゲリラガーデニングなど、既存する社会的システムをフレームにしてプロジェクトを発展。また、苦瓜の推進協議会らしいペルソナ(外的人格)形成の為に、NBMCのマスコットから、NBMCグッズ開発、苦瓜を使ったレシピ開発など、苦味を考え・普及、そして具体的な地域課題の解決につなげるプロジェクト。

「Bitter Melon Mascot(2004〜)」Boston, MA USA
地域コミュニティの市場調査の手段として、無性別無人種のマスコットを活用し、音声録音器を仕込み、人間の行動観察(人種差別やジェンダー)、路上観察学などを応用したプロジェクト。

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Promiscuous Production: Breeding is Bittersweet(2010)
Los Angeles, CA USA
地元ロサンゼルスを拠点に持つ建築・クリエイティブチーム、Materials and Applicationsと協働で、地域の人々や学生を巻き込みながら、1週間のワークショップを通じて、ロサンゼルス郡立美術館の敷地に聳える竹を伐採し、それを活用したゴーヤとメロンを掛け合わせるコミュニティガーデン/農園(Community Farmden)の制作と、6ヶ月後、そこで育ったBittersweet Melonを活用しながら、ロサンゼルスに既存するその土地特有の苦い経験などを考えるワークショップを展開した。

(2016年11月25日)
特定非営利活動法人インビジブル:菊池宏子

講座レポート(第4回 2016年10月1日開講)
報告:室内直美

「Relight committee第4回:社会彫刻家として対話する」

Relight committee活動日、第4回目はこれまでのような座学ではなく、2017年3月に開催を控えた「Relight Days2017」のためのウォームアップがメインの回となりました。

午前は全員で「Relight Days2017」の概要についての確認と、Relight Committee2015のメンバー(以下、RC15)による自主企画として「Relight Days2016」を振り返る座談会でした。わたしたちRC15が「Relight Days2016」によってどんな経験を得たのか、そのときの心の動きや自身が感じた成長、ちょっとした失敗談などをRelight Committee2016のメンバー(以下、RC16)へ共有しました。

午後はRC16が「個人」となって、一つのアイデアを考える時間に。「生と死」という大きなテーマを前に、苦悶の表情を浮かべるメンバーも見られました。残りの5か月間、何を考え、どう動いていくべきなのか。この日から「Relight Days2017」へのストーリーが始まりました。テーマは同じでも、それぞれの表現や社会への働きかけは昨年度と違ったものになりそうです。

今回はそんな貴重な第一歩をレポートします。

ラジオ体操!

Relight Committeeの会場となっているアーツ千代田3331は、廃校となった中学校をリノベーションした施設です。わたしたちが活動に利用しているのは、その中のRoom302、元は音楽の教室だった場所です。しかし、Room302は今ではあまり音楽室の面影は残していません。教室の前方がわずかに1段高くなっており、少し「壇上」のように感じられるのが唯一の名残でしょうか。

そんな「学校」ともそうともつかない不思議な場所で、Relight Committeeの活動は行っています。今回はなんと、ブレインストーミング代わりのラジオ体操から始まりました!

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身体を動かし、学ぶための身体を準備する

Relight Committeeの活動日は毎回週末の朝9時スタートです。ほとんどが社会人のRelight Committeeメンバーは、平日の疲れた体を引きずり、眠い目をこすりながら集合します。貴重な休日の朝、多くの人がいつもより少し寝過ごしたりしてゆったり過ごす時間帯に自らの意思で「学びの場」に集うという行動からも、Relight Committeeメンバーの向学心や成長への意欲が感じられます。

ラジオ体操は、真剣に取り組むと意外に体力を使うもの。しかも、この日はラジオ体操第一だけでなく第二まで行われました。全員、終わった後は息切れし、心なしか頬も紅潮。しかし不思議と笑みがこぼれるような雰囲気の中、今回のプログラムは始まりました。

まずは前回と同じように、Relight Committeeが共有するInstagramアカウントのチェックからスタート。このレポートをお読みの皆さんは、Relight CommitteeのInstagramアカウントはフォローしていますか?

このアカウントには、Relight Committeeが日々の生活の中で「アートだなと感じた瞬間」「心を動かされた何か」を撮影し、投稿しています。メンバーが日々何に注目し、何に心を動かされているのかが垣間見れるアカウントです。ぜひのぞいてみてくださいね。ちなみにわたしが投稿した写真はこちら。

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一カ月以内にアップロードされた色々な写真。なぜこれを撮影したのかを撮影者が皆の前で発表

道端に残された「記憶」に心惹かれることが多いようです。そうした、それぞれが日常で惹かれたものや気づきを得たものを、メンバーやアカウントをフォローしている人たちに共有するためのアカウントなのです。

Relight Days2017にむけて

続いて、事務局であるインビジブル林さんより、これまでの活動を振り返りつつ、来年3月に控えた「Relight Days2017」までのスケジュールについて説明がありました。

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Relight Daysに向けた話から一日がスタート

10月に入り、来年3月のRelight Daysまでに残された時間は半年を切っています。始まって間もないように思えるRC16らも、自ら頭を悩ませ、手足を動かす段階に入ろうとしています。

2016年3月12日、RC15が企画し運営した「Relight Days2016」は、企画段階において「生と死を考えるきっかけになること」「2時間の時間を演出するプログラムであること」「≪Counter Void≫前・付近で開催すること」の3つの条件がありました。

「Relight Days2017」では、テーマは同じ「生と死を考えるきっかけとなること」としながらも、「企画の発表方法、場所、対象の設定は自由」さらに「作品をつくって発表する」「展覧会を企画する」「トークイベントを行う」「ZINE(小冊子)を発行する」「期間中に実現が難しそうな企画なら、企画書や構想を発表する」など、制限はほとんどなくなりました。

昨年RC15が企画したものの中には、設けられた条件によって実現がかなわなかったものがありました。しかし、ある程度制限があったからこそ導き出せたものがあったことも事実です。

特に「2時間の枠を演出するプログラムであること」と「≪Counter Void≫前・付近で行うこと」は、構想段階で企画の枝葉がどんどん広がり収拾がつかなくなりそうなときの明確な判断指針となってくれました。

今回の設定では、自由度が上がった分メンバー自身の頭を悩ませる部分が大幅に増えていくのではないかという懸念もあります。準備段階、そして企画当日は、前回よりもエキサイティングな日々になる予感が強くします。

午後に一度企画の案出しをする時間を設けることを予告し、一度会場を転換。

Relight Days2016と向き合う座談会

ここからは、司会をわたしにバトンタッチしていただき、RC16に向けて「RC15にとって、Relight Daysとはなんだったのか」を振り返る座談会へと移りました。

この座談会は、わたしから提案して今回のプログラムに組み込んでもらったパートです。RC15が「Relight Days2016」を振り返りながら、その活動の過程を言語化することが目的です。また、わたしたちがどのような思考のプロセスや試行錯誤を経て「Relight Days2016」をつくり上げたのか、その軌跡をRC16へ伝えるためでもありました。

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Relight Committee 2015のメンバーで去年の活動を他のメンバーとシェア
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家族への賛同を得るためにそれぞれが苦労したことが語られた。

登壇者は、わたしと今回のRelight Committeeに出席していたRC15の宍甘さん、橋本さん、山上さんの4名。事前にわたしは5つの質問を設定しました。

  1. どうして今年度もRelight Committeeに参加を続けようと思ったのか?
  2. Relight Projectに対する家族や友達の反応は?
  3. Relight Daysまでの一週間をどのように過ごしたのか?
  4. Relight Daysを振り返って、3日間は自分にとってどんな時間だったか?
  5. 昨年度の活動の中で、自分自身に変化はあったか?

これらを軸に、自分にとってRelight Daysはどんな時間だったか、「社会彫刻家」である自身として何を感じたのかをディスカッションしました。

Relight Daysから半年以上の時間が過ぎ、RC15にとっては初めてRelight Daysについて人前で話す機会でした。ディスカッションを進めながら、これまでなかなか言葉にできなかったRelight Daysの3日間をここまで言語化できたことに、わたしたち自身が驚いた座談会となりました。

思考の時間

午後の部は、もう一度「Relight Days2017」について話が戻りました。インビジブルの菊池さんから「Relight Days2017でわたしたちは何を表現するのか?」などのコンセプトについて解説。今回、前回以上に大切にしなくてはいけないのは、メンバーそれぞれが「社会彫刻家」であるという自覚。それぞれが「生と死」に対して、自分自身の立ち位置・意思・思想を明確にしたアウトプットをすることに重きを置かなくてはいけません。

再度ポイントを確認した後は、1時間強の時間を設けて「個人の」アイデアを考える時間に。

Room302のなかにある図書資料を活用するのはもちろん、気分転換に外を歩いてみたり、近場でフィールドワークをしたりなど、時間の使い方はそれぞれにゆだねられました。一人で机に向かい筆を走らせる者、林さんや宏子さんへ相談しながら、自分の得意分野でできることはないかを考える者など、時間の使い方はさまざまです。

この場では、一度Relight Daysを体験しているRC15が、RC16の思考が立ち止まってしまわないようフォローに入ります。橋本さんと宍甘さんは「実際に現場に立ってみるのが一番」と、数名のメンバーを引き連れて六本木の≪Counter Void≫へと出かけていきました。

わたしは、アートプロジェクトの成果物の資料をあたるメンバーに対して、「生と死」をテーマにしているアートプロジェクトを紹介したり、「生と死」「社会彫刻」と隣接するようなテーマに触れている成果物を紹介したりしました。

何かについて深く考えるとき、自らの立ち位置が明確でない時点で資料にあたったり他者と対話をしたりすることは、ともすると個人の思想や思考に影響を及ぼしてしまうこともあります。しかし、RC16との対話のなかでそういった迷いや揺らぎは感じられませんでした。

RC16の言葉の端々や資料に手を伸ばす際の覚悟のある表情には、外に何か情報を求めているのではなく、自らの内に抱える「生と死」に対する考えを削り出すための道具探しといった印象を受けました。

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受講者の一人、江崎さんは普段IT企業でエンジニアとして活躍している。エンジニアが多い職場でアートはどのように必要とされるのかについてインビジブルの林と対話する。
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自身の職場や家庭の中でアートは何をもたらすかを対話と自問を繰り返す。

「生と死」について、発想の起点を必ず「自分自身」から始めるという前提があるため、RC15はRC16らの芽生えた自覚やアイデアをつぶすことのないよう、発想の起点をぶらさないように、慎重に言葉を選んで対話しました。

また、Relight Daysへのタイムリミットが明確となったことで、「自分は“社会彫刻家”として何を表現できるのか」を真剣に考え始めるきっかけとなりました。RC16のそれぞれも、自分自身が「つくる人」であるということ、そして社会の中で実践することによって「社会彫刻家」となりうることへの自覚が芽生え始めたように感じました。

RC16からの問いかけも、企画の運営やアイデアのヒントを求めるのではなく、自らがもつ「生と死」への思想について他者と何を共有できるのか、できないのか。相手の思想や思考を丁寧になぞるような問いかけでした。

Relight Daysの経験者とそうでない者であっても先輩・後輩のような関係ではなく、お互いを「社会彫刻家」として尊重し合った対話が行われているように感じた時間でした。

今日のアイディアと宿題

≪Counter Void≫へ視察しに出かけていたメンバーも息を切らしながら戻ってきて、今一度全員がRoom302に集合。それぞれ、この1時間で考えたアイデアを共有しました。

自身の専門領域から派生させ、「人生における“出会い”を演出してみたい。マッチングアプリを開発してみるのも面白そう」と発表してくれたメンバーに対して、宏子さんから「アプリケーション(application)の本来の意味も踏まえて発展させるのも良いかもね」とコメントが入ります。わたしたちが普段、スマホやPC用語で何気なく使っている「アプリ」=「アプリケーション」という言葉には、本来「応用する」「適応させる」といった意味があります。アイデアにちりばめられたキーワードを注意深く掘り下げると、その手法を用いて本当に表現したかったことはなんなのかが、少しずつ研ぎ澄まされていくように感じました。

「生」について思考を巡らせたメンバーは「細胞とDNAこそが“生”なのではないかと考えた。運命と意思、そして生と死。それらを深掘りし、発展させてみたい」と発表してくれました。わたしたちの身体を構成している一つひとつの細胞。その細胞によって生かされているわたしたち。わたしたちの「生」は自らの意思なのか。それとも細胞の働きによって運命づけられているものなのか。考えれば考えるだけわからなくなってしまいそうな深いテーマでした。

このアイデアには「人間とチンパンジーの遺伝子の違いはわずか1%らしい。その1%の違いはいったい何なんだろう?」とのコメントが入ります。さらにいえば、人間とバナナの遺伝子も約50%が一致するそう。わたしたちをわたしたちたらしめているものは一体なんなのか。「生と死」を考えるとともに、一般論には落とし込めない「自分とはなにか」とも向き合うことのできるテーマとなりそうです。

ほかにも、出身が宮城県であることから、震災の記憶や被災者を悼む気持ちと向き合うことをテーマにしたいと発表してくれたメンバーもいました。自らの専門領域を生かしたアイデア、小さな疑問を膨らませたアイデア、過去や記憶を見つめ直すことから生まれるアイデアなど、「発想の起点は必ず個人から」としたことで、個人の思考に密接した多様なアイデアと出会えた時間でした。

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それぞれが考えたプロジェクトのフレームを共有。これから一カ月で自らのプロジェクトを深化させていく。

最後に、次回までの「宿題」が発表されます。Relight Committeeでは、思考を継続させるための宿題がこれまでほぼ毎回課されています。今回の宿題は「企画を一案考え、共有できる形(企画書など)にしてくること」。宿題もブレインストーミングの一環のため、実現ベースではなくひとまず「形にすること」の練習です。刻一刻とRelight Daysへのカウントダウンが進む中、一歩でも前進し、準備を進めていく必要があります。

思えば、わたしたちRC15がReligth Daysについて考え始め、同じように企画案を練り始めたのもちょうど去年のこの時期でした。わたしたちは、限られた時間の中で目前に迫るRelight Daysを無事成功させようと、がむしゃらに走り抜けていった気もします。今回の活動日を見ていると、RC15にも今日のような対話の時間がもっと必要だったように思えました。

アウトプットの形式が自由になった今年度、RC16は自分の立ち位置を見つめ、思考の海に深く潜り込むことが求められています。その中で、RC15はRC16に対しどのように手助けができるのか。「社会彫刻家」としてRelight Projectを通して何ができるのか、あらためて考える機会となりました。

昨年度より深く、多様なテーマが構成できそうな今年度のRelight Days。次回の活動日にどんな企画が発表されるのか、楽しみです。

レポート執筆:室内直美(Relight Committee2015)
写真:丸尾隆一

実践編「Relight Committee」 目次

1
アートと社会の関係を考える場
2
学びの仕組みと当事者の視点
3
実験的な学びの場が持つ課題
4
アーティストとして
5
アート的に考えることから
6
現在RCに参加している者として、どのように感じ、どのような学びがあるのか
7
自己の弱さ、他者の弱さを受け止めることから
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