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文化投資のビジョンと戦略



向井山朋子「wasted」(大地の芸術祭2009)

少子高齢化と文化オリンピック

 これから何年間かはアートにとって、あるいは芸術文化にとって、追い風が吹くだろう。この追い風に空高く舞い上がっても、うかうかすると吹き飛ばされて、お払い箱に捨てられることになるかもしれない。相当に心構えのいる風でもある。

 アートあるいは芸術文化は、アーティストや芸術家といったつくり手だけでなく、これを支える人がいなければ成り立たない。ところが恐るべき勢いで少子高齢化が進んでいる以上、いくらつくり手やつなぎ手が努力をしたところで、観客ないしは鑑賞者の激減は避けられず、多くの産業と同様に衰退していくのは必然の流れである。

 にもかかわらず、2020年のオリンピック・パラリンピックである。近代オリンピックが100年以上を経過し、スポーツの祭典として定着したところに、文化の祭典としての役割が付与されるようになってきた。その結果、東京大会に向けて、2016年の秋から、文化プログラムを東京だけでなく全国で展開するとこになる。

 そして政府は4年間で20万件の文化プログラムを全国で実施するという目標を掲げている。けれども、芸術文化を支える人口が激減する。何が起きるか。これまでだったら見向きもされない凡庸なアーティストたちにも風が吹いて機会が提供されるだろう。また、修羅場を潜った経験のない、わずかばかりの知識と憧憬をもっただけで、突如アートプロデューサー、アートマネジャー、キュレーター、あるいはディレクターなどと呼ばれて、俄か専門家として無数のアートプロジェクトを展開することになるだろう。それらが、減少した観客を奪い合うのである。そして足を運んでみても、そこにあるのは取るに足らない凡庸なる事物であったとしたら、人々を決定的に文化芸術から遠ざけることになりはしないか。実に恐るべきことと言えなくもない。

 この厄介な課題に目をそむけて、ひたすらオリンピックの文化プログラムのいずれ来るバブルに踊っているだけでは、やがて「後の祭り」の燃え尽きた虚脱、あるいはお払い箱の悲哀に会うことが十分予想される。

 消費だけに着目した文化政策の破綻が2020年には誰の目にも明らかになるということにならないだろうか。これを避けるには、実験や製造という創造構造の強化がなされなければならない。オリンピックは、アートにとって、文化振興にとって、絶好の機会ともなりうるが、それには、2020年を超えて未来の文化を形成する仕組みをつくる必要がある。明確なビジョンと周到な戦略が不可欠だということだ。それが何かを考えようというのが、本稿の目的である。

「wasted」の場合

 ビジョンと戦略を考えるために、ひとつのアートプロジェクトを紹介したい。

 今から7、8年前、あるアーティストを「大地の芸術祭」に紹介した。総合ディレクター北川フラムさんの答えはこうだった。「加藤さんが、どうしてもというのなら、やりましょう。しかしクリアしなければならない条件がありますね。」

 北川さんの出してきた条件というのは、三点あった。

 第一に、このプロジェクトには予算以上のお金がかかるだろう。不足分は自分で確保すること。第二に、これを実施するにふさわしい場所として廃校など結構探すのが難しい。場所の確保が条件となる。場所が見つかったとしても、そしてこれが最大の難関であるが、地元の理解を得ることが第三の条件である。地元説得は自分たちでやってもらいたい。

 言われてみれば、アートプロジェクトの実現のために、資金確保、実施場所の確保、地域の理解は避けて通れない当然の条件だ。しかし、ぼくの紹介したアートプロジェクトは実現の難しいものだった。お金も場所も、結局は社会の理解が必要条件となる。さてどうするか。

 これに続く紆余曲折については後に詳しく触れるが、ついに向井山朋子によるこのプロジェクト「wasted」は、多くの人々の献身的な協力によって、障害を一つ一つ乗り越えて実現したのである。何よりも、向井山朋子本人のビジョンと熱意、説得力があったからである。それが人々の心を動かし、少しずつ共感を生み、ついには地元の応援と危惧との、あやうい均衡の中で成立したのだ。

 明確なビジョンの提示と気の遠くなるほどの説得と、これに対する人々の共感の獲得と協働作業の実現。これが、アートプロジェクトを成立させるためになされたことだった。

「wasted」はどのようにして成立したか

 無数の白いドレスが廃校の元体育館の天井から釣り下げられた。その数、実に1万着。衝撃的な美しさで圧倒する力。ドレスの間の迷路のような通路をたどって、やがて中央の空間に至る。カーテンのように釣り下がったドレスで区切られたこの小部屋に寝転がって、しばし時を忘れる。これが、2009年の大地の芸術祭で展示された作品である。ああ、こうなるのだったのか。深い感動とともに、実現を確認した瞬間だった。

 けれども、向井山朋子から初めてそのプランを聞かされたときには、半信半疑で、ことは夢に終わるだろうと思っていた。アムステルダムのピアノが置かれた2階まで吹抜けのスタジオがある彼女の住居。ここでラフなスケッチを見せられたけれども、あまりにも荒唐無稽な話で、実現は到底あり得ないと思った。

 最初の話はこうだった。白いドレスを生理中の女性に着てもらって、それを1万着集めて展示する、というのだ。いくらアーティストが突飛なことを考えつく動物だとしても、それは無茶が過ぎるだろう。そもそも、こんなプランに協力してくれる女性が果たしているだろうか。ドレスはすべて自分が用意する。それを世界中の協力者一人一人に送って、メッセージを添えて送り返してもらう。その時の感情を文章でも絵でも音でもいいが形にして送ってもらう。それを1か所に集めて展示するだけだ。生理というのはある意味で無駄なことだが、しかし人が生きていく上で必要なことだ。人は多くの無駄なことを、生きていくうえで必要なこととして避けて通れない。だからこの作品を「wasted」と名付ける。しかしただ単に無駄ではない、極めて重要な生命にとって不可避の無駄なのだ。というようなことを彼女は説明したと思う。それでも、ぼくは居心地の悪い思いをして、腰が引けていたはず。

 向井山朋子は、現代音楽をすばらしく生き生きと演奏して楽しませてくれる驚異のピアニストとして登場した。まだデビューしたての20代の半ばだったころの演奏を聴き、これに深く感銘を受けた。以来、可能な限り世界中にそのコンサートを聞きに行き、さらには、いくつかの企画にも参加してもらった。そして、夫君である写真家のフィリップ・メカニカスと彼らの愛娘キリコの住むアムステルダムのアパートメントにも何度もお邪魔をした。

 そうした流れのなかで、ぼくはこのプロジェクトを日本で実現するための口火を切る役目を担うことになったのだ。ぼくのしたことは口火を切ることだけ。後は次々と熱心な応援者たちが現れる。

 地域の人々との最初の話し合いは、挨拶も返してもらえない状態で始まったという。何を説明しても、重い空気が漂うだけで、だれも口をきいてくれず、一緒に行った吉川由美さんの報告によると「針の筵の上に座るっていうけれど、そんな感じだった」らしい。

 初老の男の人が母親の思い出を語り始め、それから少しずつ座が緩やかになってきた。2時間ほどもかけて、ようやく手がかりがつかめたぐらいのところだったという。強硬な反対者もあり、もろ手を挙げて受け入れるというところではなかった。

 会場の入り口には、石碑が建てられていて、ここが学校だった歴史を示している。碑によれば「飛渡第二小学校 明治41年9月創立 平成17年3月閉校」とある。1908年の創立で2005年まで、百年近く学校として機能していたのだ。つまり「wasted」の実現する4年前までは学校だった。かつて学校は地域社会のコミュニティの拠点としての機能も持っていた。だから学校がなくなるということは、コミュニティの拠点がなくなるということでもある。したがって「閉校」は地域の疲弊を加速する。だから、アートが必要なのだ。

会場の前で、この学校に通ったかもしれない地元のお年寄りたちがテーブルを広げて、果物や団子をふるまっている。都会から若者が来てくれることがうれしいのである。いろいろ説明し本当にうれしそうに笑う。この笑顔こそが作品の投資効果を示している。

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向井山朋子「wasted」
(大地の芸術祭2009)

つくり手と観客の関係を変えること

 向井山朋子はこれまでも、観客が唯一人だけのコンサート「for you」や、普通の家庭で、その家族だけを観客として、その家にあるピアノを弾く「for family」といったプログラムで演奏家と観客の関係の根源を問い直してきた。その先にあるのが、観客を出演者から分離せずに、観客一人一人がいわば協働の出演者となるような仕掛けに進むことは、当然予想すべきことであった。しかし、ぼくの予想を超えていたのが「wasted」だった。

 最大の困難は、多くの人々にこのプロジェクトを理解してもらえるかどうかだった。アーティストと社会の関係、「表現の自由」とはいかなることか、芸術文化への投資の根拠は何か。すべては、社会の理解にある。社会が理解しない限り、芸術文化は成立しない。しかしながら、一般に考えられているように、解りやすくすることが社会の理解を生むことではないのだ。解りやすいエンターテイメントは市場に委ねておけばいい。市場になじまない未来を切り開く文化芸術こそが社会的投資を必要としている。

 解りやすさではなく、参加、協働こそが、理解を得る最速の道である。向井山朋子のように、生命の根源を問うこと、あるいは自然と人間の関係、社会の根源を問うことこそが、芸術文化の役割であり、それがあって初めて、人々は、この功利的には無駄な事柄に共感する。しかも、その実現を協働することによって意味を深く理解し、投資をするのである。新しい発想や、新しい課題の発見は、企業が行っているイノベーションとも共通している。だから、企業は、新たな芸術文化表現を理解し、共感するのである。本来は、公益事業を営むはずの行政こそが、このイノベーションを希求するべきであるが、その手前でしばしば門戸を閉ざしてしまう。これでは文化政策が上手くいかないだけでなく、あらゆる行政サービスにおいて、社会の変化に対応できない。行政が文化政策を手掛かりにイノベーションを図れば、すべての行政分野が創造的になる可能性があるにもかかわらず。

文化投資と投資効果の測定

 芸術文化への支援は、社会的投資として捉えなければならない。それが、寄付であろうが、助成金、協賛金、補助金、委託費等々何と呼ばれようが、また、個人、企業、行政のどこから出た資金であろうが、すべて社会的投資ととらえなければならない性質の事柄だ。これを考えるためには、一般の経済的投資との比較が解りやすい。

 一般に投資とは言うまでもなく、リターンを期待して事業に金をつぎ込むことだが、経済投資は三つの要素をもっている。第一は、リターンが投資者に返って来るという原則。第二に、リターンは原則お金であること。第三は、リターンが返ってくる時期があらかじめ予測できること。これがあって初めて人は投資をしようと思うのである。

 しかるに、文化投資の様な社会的投資は、この三原則はことごとく当てはまらない。第一に、リターンは投資者に返って来るとは限らない。むしろ幅広く社会がリターンを受けとる。第二に、リターンはお金でない場合の方が多い。心の満足や、新たな視点の開発や、課題の発見やら、非経済的な多様なリターンが想定される。そして第三に、リターンが返って来る時期を予想するのが難しい。あるいは10年先かもしれず、50年先かもしれない。

 例を挙げて説明すれば、私たちは、二百年以上も前につくり出された若冲の絵やモーツアルトの音楽を今でも味わうことができる。彼らへの社会的な文化投資の結果のリターンである恩恵を私たちは今でも受けているといえよう。二百年に渉ってこうしたリターンの配分が繰り返されてきた。この配分によっては、投資された結果である当の作品の価値がまったく低下しないではないか。これが文化投資の恐るべき高い効果を示している。

 芸術文化への支援を文化投資だと考えるべきだとすると、投資者たちが確認するべきことは、交通費の領収書やらアルバイトの時給やらを計算することに時間を浪費して、投資した金の使い道の過程を問うことではなく、投資の結果として何より動かない証拠である、生まれた作品や活動が果たしてどういう価値を世の中に創造したか、あるいは未来に向かってどういう価値があるか、を問うべきだということになる。

 公的な投資であるからこそ、領収書は1枚あればいい。自分たちの投資が意味のあるものかどうかを検証すべきは、投資者の側の仕事である。近年アーツカウンシルがいくつか生まれているが、プログラム・オフィサーの仕事は、領収書の点検ではなく、作品や活動の投資効果の測定だということになる。だから、私たちは長い年月掛けてその基準作りをしてきたのである。

一人一人が創造的になるために

 私たちの目的は、すべての人々が創造的になることである。そしてこれは芸術文化のありようそのものを変えることになるだろう。変化の方向性はどういうものか。人々の参加があって初めて成立する例として「wasted」を取り上げ、その意味を考察した。これが一つの方向である。実はこうした試みは2000年前後から現れ、近年増加してきている。

 これを「コミュニケーション型アート」と呼ぶとしたら、最初に鮮明に打ち出した一人は、音楽家の野村誠だった。老人ホームで入居のお年寄りとともに作曲するプロジェクトは衝撃的でもあり感動的でもあった。

 野村誠以外にも、日比野克彦の明後日朝顔プロジェクトや、きむらとしろうじんじんの野点、あるいは大友良英によるアンサンブルズ・パレードなど市民の参画があってはじめて成立するアート活動が増えてきている。こうした一連の流れのなかに「wasted」も出現したのである。

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アンサンブルズ・パレード

 これまでアートは自分の思いを自分で表現するものだと考えられてきた。だから表現の自由がかくも重視され、著作権が議論されるのである。表現の自由は、しかし、表現者だけに許された特権ではないだろう。自分以外の誰かの思いを表現することもアートだとしたら、すべての人々の創造性を引き出すことはもっと容易になるのではないか。

 これに挑戦したのが、「wah(わう)」の試みだった。彼らは、自分たちの思いを表現するのではなく、他者の思いを、他者の提案のままに、他者に代わって表現する。小学生の提案である、地中に家があると面白い、というのを現実に彼らは実現する。あるいは、隅田川の上でゴルフをやりたい、あるいは川の上で風呂に入る、文字通りの湯船を走らせてみたい、という他者の夢をことごとく実現していった。

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wah「隅田川上でゴルフ」
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wah「湯舟」をながめるボート部員たち

高齢者の役割

 一人一人が創造的になるために、近年私たちが再認識させられたことがある。それが、東日本大震災後に気づいた郷土芸能や祭りの価値であった。保存か忘却かの瀬戸際にあったこうした文化こそが、コミュニティを成り立たせる重要な要素であり、実は社会の最重要基盤であることを、不幸をきっかけに再発見したのである。そこで、企業メセナ協議会では、震災の復興を文化芸術を通して応援するGBFundに、こうした郷土芸能の復活を主題とした「百祭復興」プログラムを展開したのである。

 過去を正確に認識すること、あるいは過去の遺産を評価しなければ未来は開けない。過去について詳しいのは老人たちである。創造的な社会を切り開くには、老人たちの経験、知識、そして知恵が必要である。そうだとすれば、老人の声に耳を傾け、それをまとめて世に送り出す、聞き書きの活動こそ緊急かつ最重要課題ではないか。

 一般に、老人は介護の対象であり支援すべき存在とみなされている。しかし、少し見方を変えてみると、老人こそが若者を助け、未来を切り開く知恵と資源の宝庫ではないか。老人は、若い世代の知らないことを知っている。経験したことのないことを経験している。こうした知識や経験は、新しい社会づくりには無用のものと考えられてきた。しかし、郷土芸能や祭りに含まれていたタブーが、自然に対して謙虚に、畏敬の念をもって接すべきことを教えていたように、過去の知恵が必要な時代が来ている。経済と科学への過剰な信仰が人々の幸福を必ずしも実現しなかった。あらためて老人たちの知恵にすがるべきときかもしれない。

 こうした老人の潜在力に着目したアート活動が戦略的に展開されなければならない。老人こそ社会の原動力である。このことに着目したのが、大阪釜ヶ崎で老人の表現活動を推進するココルームである。生活保護を受ける老人たちの表現力が、若者を元気づけさえするのである。

 同様のことは、障害者の表現についてもいえる。クリエイティブ・サポート・レッツの運営する「アルス・ノヴァ」は、障害者の存在そのものに着目する。普通には問題行動とされる彼らの生き方のすべてを、個性的な表現として再評価する。たとえば、1時間かけて、わずかに30メートルしか歩かない散歩には、社会を見直す力があるのではないか。そう考え、障害者の知恵を評価する。

世界との交流

 祭りに代表されるコミュニケーション型の文化芸術が、コミュニティの存立を保証する。けれども、それは一方で排除の論理も生んだ。ところが、必ずしも震災の被災のためだけではなく、多くの地域で祭りに伴うさまざまな決まりや約束事にとらわれていては、祭りそのものが成り立たなくなってきている。タブーを維持するだけでは祭りが成立しない。そこで、渋々ではあるが、特別の家系や、長男や、男性限定などの厳格だった決まりが緩んできている。コミュニティを開くことで、コミュニティ再生の可能性が生まれている。

 さらに広げる必要がある。世界は広い。世界にはまだまだ面白いことが無数にある。世の中の根源に触れるアーティストに多数集まってもらい、文化施設の中だけに閉じこもるのではなく。町であれ村であれ、あるいは山海野川いずれのところででもアートを展開するフェスティバルを何百も開催するといい。そうすれば全国津々浦々で数万のアートプログラムはあっという間に実現すのではないか。そして、世界と交流し、これを世界に展開することで、はじめて東京オリンピックを絶好の機会として、文化芸術による社会創造が実を結ぶであろう。

 以上が私たちのビジョンであり戦略である。

(付記)

 近年全国各地でアートプロジェクト、あるいはアートフェスティバルが急増しており、本稿でも触れた北川フラム氏の先駆的な仕事がこうした動きに大きな流れをつくってきた。他にいくつも重要な要素があり、そのすべてに言及できないが、TAM(トヨタ・アートマネジメント講座)についてだけ付言しておきたい。詳しくは本web上にも記されていると通りだが、1996年に開始された連続講座は、全国各地で多数開催された。運営に特色があり、各地でアートの関係者、あるいは関心のある人に運営に参画してもらっていた。この結果、受講者はもちろんだが、運営に携わった人を含めて、地域に多数の市民アート・マネジャーを輩出したのである。講座だけで彼らのスキルが完成したわけではないが、スキル形成、考え方の形成に大きく寄与した。こうした人々の存在が、全国津々浦々にさまざまな市民主導のアートプロジェクトを生み出し、また国際規模のアートフェスティバルの受け入れを可能とした。TAMなくしては、今日のアートの隆盛は考えられないといっても過言ではない。

(2015年4月7日)

アートマネジメントQ&A

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  • 熊倉純子(監修)菊池拓児、長津結一郎(編)『アートプロジェクト―芸術と共創する社会』(水曜社、2014)
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参考リンク

オリンピック・パラリンピック(1) 目次

1
文化投資のビジョンと戦略
2
Q&Aその1
嫌っている人に好きになってもらうには
3
Q&Aその2
遺産の創造拠点化がレガシーとなる
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