ネットTAM

3

アートマネジメントの課題

1.アートマネジメントをめぐる環境

 2006年度の文化庁の年間予算は約1000億円であり、国の一般会計約80兆円の約0.13%となっています。さて、これは十分なのでしょうか、はたまた、少ないのでしょうか。ちなみに、20年前の約2.5倍であり、単純に金額だけを比べれば、筆者の所属する早稲田大学の年間予算(1200億円)よりやや少ないくらいです(あまり実感がわかないかもしれませんが)。
 芸術文化活動を支えるお金について考えるにはこの他にも、文化庁以外の省庁や地方公共団体の予算、そして企業や財団、また個人からの助成・寄付なども、あわせて考える必要があります。自分が住む、あるいは通勤・通学先の自治体が、どの程度、芸術や文化に支出しているか、皆さんはご存知ですか。

 一方で、お金の出自や規模とともに、その目的や対象、さらには、どのような費目に使ってよいのか、いつ支払われるのか、といった細部についても、支援の効果に影響する現実的な問題として重要です。助成規模を拡大することが先といった中でついなおざりにされていた、助成制度の詳細にも、最近ようやく目が向けられるようになってきました。ただそれは同時に、財政状況の悪化により支援プログラムを厳選しなければならない事情の反映であったりもします。大きな効果を上げるためには、目的と方法を明確にし、お金の出し方も工夫しなければならない、という意識が以前に増して浸透してきたとも言えるでしょう。
 そして、2003年の地方自治法改正によって導入された指定管理者制度は、全国の公立美術館や博物館、そして公立文化施設などに大きな衝撃をもたらしました。施設の目的や活用可能な資源、地域のニーズ、職員の業務内容などを改めて考えることを迫られ、施設によっては民間企業やNPOが既存の組織に代わって運営をすることになったのです。日本の文化政策史において一つの大きな画期となったと今後言われることは間違いありません。
 「アートマネジメント」という大きな枠組みやその考え方について、関係者や社会一般に認知してもらい、助成や支援、規制、あるいは人材養成などを制度化していく段階は終わり、最近は、その質や具体的成果を問い、同時に、いま改めて現代社会における芸術や文化のあり方・支え方を見つめ直す時期にあるように思います。社会や芸術の変化を最前線で感じ取り、次の時代をにらんだ新たな戦略構築のリーダーシップをとることが、アートマネジメントに携わる人々には求められているはずです。

2.アートマネジメントの課題

 少しずつ新たなステージに入りつつあると感じられるアートマネジメントの世界ですが、その課題や期待される役割についてもいくつか挙げてみたいと思います。

(1)調査・研究の展開と体系化

 前述のとおり、「アートマネジメント」という考え方を大枠で社会に示すことにはすでにある程度成功してきたといえるでしょう。しかし、現場がどういった仕組みで動いているのか、観客やアーティストの実態はどうか、マーケティングはどうすればよいか、教育普及事業はどういった効果を挙げているのか、といった個別具体的なデータや状況、そして方法論やノウハウ等を把握・蓄積・解釈し、体系化していくという作業はまだまだ不十分です。現場の実態や課題を把握し、解決策を模索することが、それぞれのマネジメントの向上とともに、支援制度などのより効果的な構築・運用につながります。

(2)マネジメントスタッフの労働環境の改善と人材養成の展開

 アートマネジメントに携わるスタッフの仕事はいわば裏方で外からは見えにくく、また専門職として認識されているとはなかなかいえない状況です。アートマネジメントという仕事の認知度を高めるとともに、その仕事の内容や進め方にあった労働環境や条件を整えていく必要があります。そして、学部卒に限らず、高度な専門職を養成する大学院や、職能団体などによる研修、個々人のスキルアップを支援する機会の充実なども課題でしょう。

(3)芸術文化をとりまく環境整備のリーダーシップ

 芸術や文化をどのように社会に位置づけ、支えていくかといった点をはじめ、アーティストやスタッフなどこの分野に身を置く人たちの権利やキャリア形成、あるいは関連政策への提言など、芸術や文化をとりまく環境についての議論を中心となって行っていくことも大切な役割です。

(4)アドボカシーの取り組み

 そして、芸術や文化が、人々の日常生活に深く関わる、なくてはならないものであり、その振興のためには、さまざまな社会制度やシステムを整えていく必要があるということを社会に対しわかりやすく訴え、支持を得ていくといった、いわゆるアドボカシー活動を率先して展開していくことも重要な役割と言えます。

3.アートマネジメントの今後

(1)アートマネジメントの役割

 アートマネジメントには、(1)芸術的な卓越性を追求し、(2)人々の芸術へのアクセスを促し観客開発を行う、そして(3)コスト面での効率性を追求し、運営における透明性も確保する----という、互いになかなか相容れない要素のバランスをとる役割が求められます。こうした役割は、いたるところで説明責任が求められるようになるこれからの時代に芸術を存在させる上で、なくてはならない存在になっていくでしょう。社会において、アートやアーティストの活動や権利、名誉を守る立場でもあり、同時に、アーティストにもしっかりとNOを言えねばならず、そしてまた時に、地域やコミュニティの文化に責任をもつ役割をも担うアートマネージャーは、芸術にも社会にも今後ますます必須の存在となるはずです。

(2)市民社会におけるアートマネジメント教育

 いたるところに「アート」が存在する現代社会において、「アート」が成立する基盤構造(=経済構造やマネジメントの仕組み、支援制度など)を理解することは、芸術や文化を単に消費するだけでなく、社会的文脈などに応じた批判的視点を持って接する上で大切なことです。文化の適切な支援方法を考えたり、行政の施策を監視し、あるいは政策に反映させたりもするような、能動的な文化の理解者としての市民を育む役割も、アートマネジメント教育には期待されています。

(3)倫理を問う

 公演や展覧会、芸術文化活動などを企画し、実施するということは、自ずと「選ぶ」という行為にかかわります。なぜその企画を行うのか、いま行うことの意義は何か。鑑識眼が問われるだけでなく、的確にその理由を説明する能力が問われます。それは単に助成金や支援を受けるから、というだけでなく、何より、アートに関わるということゆえなのかもしれません。単なる個人的な「好き嫌い」のレベルではなくアートを社会に存在させていくということ----そこでは「公共性」や「倫理」といったものも必要とされるでしょう。これからのアートマネジメントにおいては、こうしたある種の「倫理」こそが大切な柱として問われていくことになるのではないでしょうか。

 劇場や美術館、フェスティバル、ダンスカンパニー、アート NPO、アートプロジェクト......、「アートマネジメント」が展開される場所やその形態は多岐にわたり、実務への携わり方もさまざまです。身近なところから始められることもあれば、厳しいプロの世界もあります。いずれにせよ、それを支えるのはアートへの愛情と誠実な姿勢のようです。
 日本でも世界でも、芸術や文化をめぐる状況は確実に変化しており、それは現代社会のあり方、私たちの生き方とも密接に関係しています。そんな変化する時代だからこそ、自分の生きる社会を築き変えていく道具の一つとして、アートマネジメントという考え方は多くの人に有用なものとなってくれるに違いありません

(2006年10月17日)

アートマネジメント入門 目次

1
アートマネジメントとは
2
アートマネジメント教育の展開
3
アートマネジメントの課題
この記事をシェアする: