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世界の文化政策



 世界の文化政策について語るとき、よく挙げられるのが文化予算の違いです。フランスの文化省の予算は4500億円もあるのに、日本の文化庁の予算は1000億円、やっぱりフランスは文化大国ですね──こういって、日本ももっと文化予算を増やさないといけないと力説するといった具合です(かくいう私も、20年前文化政策について勉強を始めたばかりの頃は、そういって嘆いたり憤慨したりしていました)。
 しかしよく考えてみると、国によって政治の仕組みが随分違いますから、国の文化予算の多寡だけを見て云々してもあまり意味はありません。例えばフランスとドイツの国の文化予算を比べると、フランスの方が数倍多いのですが、フランスは(最近は地方分権が進んできてはいますが)なんと言っても中央集権の国であるのに対し、ドイツは(ナチスの時代を除くと)連邦制をとる地方分権の国ですので、地方自治体の文化予算を無視した比較はナンセンスです。英国の政治学者のF.F.リドレイは、「ある国家の文化政策を理解するためには、まずその政治的文化を理解しなくてはならない」と述べていますが、文化に関わる政策はその国がどういった歴史的な歩みの中で今日の政治の仕組みを形成してきたのか、またその文化的背景はどういった特徴を持っているのかなどを考慮して理解せねばならず、従ってこれから述べる海外の文化政策はただちに日本の文化政策の模範となるものとは言えないことを、まずご了承願いたいと思います。
 それでは以下、大きく欧米と非欧米圏に分けて、いくつかの国の文化政策を概観していきたいと思います。欧米の文化政策では、前回日本の現状で見たように主に意志決定(価値判断)の仕組みとその実現方法に着目して、また非欧米圏の文化政策では文化政策の政治的意味に着目して検討していきます。

1.欧米の文化政策 ── フランスとアメリカの比較を中心に

 欧米と一口に言っても、その「政治的文化」(ここでいう「文化」は、言うまでもなく第1回で述べた「 社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体」という意味ですね)はきわめて多様であることは、皆さんもご承知のことと思います。中央集権国家か連邦制国家かはもちろん、君主制か共和制か、大統領制か責任内閣制か、二大政党型か少数政党連立型かといった政治のあり方のほかに、より社会的な面でも宗教(カソリックかプロテスタントか、あるいはムスリムか)や経済状況の違い、また最近は民族問題の有無などまで実にさまざまです。
 そういうわけで2、3の国だけを取りあげて語ることは決して望ましいことではないのですが、与えられた字数もあり、ここでは政治文化的にはある部分似ていつつ、文化政策という点では典型的な違いが見られるフランスとアメリカを比較する形で、文化政策の基本的な考え方について考えてみたいと思います。
 ご承知のように両国は、18世紀の後半に「市民革命」(フランスは王政を打倒した文字通りの革命、アメリカはイギリスからの独立戦争という違いはありますが)を行い、自由と民主主義を旗印に近代国家のモデルを作りあげ、また今日強力な大統領制をとって(フランスは1959年以降の第5共和制になってからですが)国際社会に対して大きな影響力を行使している点などは似ています(しかしフランスは中央集権で少数政党連立型、アメリカは連邦制で二大政党型という違いもあります)。その両国の文化政策がどのように異なっているのか見ていきましょう。

 まず、先にその多寡を比べてみてもあまり意味はないと述べた文化予算ですが、2006年度の両国の文化予算は日本円にして、フランスが約4500億円に対しアメリカは1000億円弱です(人口もGNPも違いますので、政府予算に占める比率で比較しますとフランスはアメリカの30倍近い数字になります)。アメリカは連邦制をとっていますから、では地方自治体の予算を含めればアメリカももっと増えるかというとせいぜい倍になる程度で(フランスも倍以上になりますから)フランスには遠く及びません。
 その理由はいろいろ考えられるでしょう。まず考えられるのは、アメリカの文化といえばハリウッドやブロードウェイ、ディズニーランドがすぐに思い浮かぶように、アメリカの文化は文化産業が担っているので、あまり政府が文化を支援する必要がないからではないか...。ピンポーン、しかしそれも大きな理由のひとつには違いありませんが、それだけですとアメリカの文化はエンターテインメント中心で、しかも大都市や観光地のみに偏って存在するといったことになりかねません(事実1960年代までのアメリカにはそういった傾向がないわけではなかったため、後述するように60年代の半ばになって連邦政府による芸術文化振興が始められるようになりました)。アメリカでそうした傾向を是正してきたのは、政府ではなく市民による寄付やボランティアでした。アメリカでは、文化に限らず教育、社会福祉、医療といった分野は、民間の非営利組織(NPO)が大きな担い手になっており、またその財源の少なからずの部分を市民からの寄付が支えています。そして政府はそうした市民の寄付を奨励するために、寄付控除(NPO等に寄付をすると税金が減額される)をするという施策をとっています。

 ここで文化政策における意志決定、文化政策はどのように決められるのかという点から両国の違いを整理しますと、フランスは18世紀末の市民革命の前、ブルボン王朝の時代から西欧における文化の中心地であると自負し、国策として文化振興をはかってきました(といってもフランスも19世紀は、一部の国立文化施設を除くと基本的には自由放任政策をとり、そのため文化のパリ集中を招きました)。現在フランスには強力な権限と有能なスタッフを擁する文化省(正確には文化・コミュニケーション省)があり、文化政策の基本は文化省が決めるという体制をとっています(もちろんフランスも民主国家ですから、選挙で大統領や議会が変わればその政策には変化が起こりますので、間接的には国民が意思決定者であることはいうまでもありません)。それに対しアメリカは、歴史的にもヨーロッパの諸々の束縛(貧困や政治的・宗教的迫害など)を逃れて新大陸にやってきた人々が作り上げた国ということもあり、人々を束縛する傾向がある政府には(防衛や治安を除くと)あまり権限を持たせるべきではないという考えが色濃くあり、特に文化については価値観に関わるものであることから、20世紀の半ば過ぎまで一部の例外を除いては政府は関わるべきでないとされてきました。そのため文化の振興は人々の選択に任せようということで、一方では市場メカニズムを、他方で博愛精神にもとづく寄付やボランティアという考え方で進めてきましたが、どうしてもそれだけでは実験的な芸術や地域の文化が成り立ちがたくなってきたことから、(また冷戦時代でしたので、対共産圏への文化面での対策もあり)1965年に連邦政府に全米芸術基金(NEA)が創設され、芸術文化振興が始められたのでした(NEAの支援の方法は、基本的には寄付者の意向を最大限尊重する方法をとっており、意志決定という点では基本は変わっていません)。

 政策の実現については既に述べたことと重複しますが、フランスの場合は基本になるのは国立の文化施設ルーブル美術館をはじめとする国立美術館や全国に張り巡らされた国立劇場と国立演劇センターなど;なおこれらは単なる「ハコ」ではなく、数多くの専門家スタッフならびに膨大なコレクションや専属の劇団等を擁した機関となっており、地方自治体との共同経営になっているのも増えつつあります)です(国立の文化施設の責任者である支配人や芸術監督は文化大臣により任命されますが、しかしそのほとんどは芸術家もしくは文化の専門家で、スタッフは基本的には民間から起用されています)。それに対しアメリカの場合は、実際の文化活動を担うのはNPOで(アメリカの代表的な文化施設であるメトロポリタン美術館ニューヨーク近代美術館も、またニューヨークやシカゴ等のオーケストラも、メトロポリタンオペラもすべてNPOです)、観客と寄付者の意向を組みつつ運営をしています。

 このようにフランスとアメリカの文化政策は、片や国家的な視点から政府中心に、片や文化の享受者の意思を尊重して政府はあくまで補助者に留まるといったように大きな違いが見られますが、しかしその差は近年は縮まる(というかアメリカ型の方向にシフトしていく)傾向にあるようです。

2.非欧米圏の文化政策 ── 旧植民地と多国籍国家を例に

 まず非欧米圏全体にいえることは、第2回の日本の文化政策の歴史でも触れたように、伝統と近代の対立ないし混淆という課題がみられます。すなわち、その国ないし地域の有してきた固有の文化と、近代になって欧米からもたらされた西欧文明という、2つの文化をどう調整していくかということです。近代化(欧米化)は、まず19世紀の欧米列強による植民地化によりもたらされ、次いで今日グローバリゼーション(ないしはアメリカナイゼーション)という形で押し寄せてきています。こうした近代化の波の中で、いまや国際的にスタンダードとなった西欧文明と共存しつつ、いかに文化的アイデンティティを保持していくか──特にかつて植民地化された国においては、文化的ディアスポラ(離散・喪失)の問題は深刻で、文化政策上の共通する最大の課題といえます。
 第二に、いま述べたこととも関連しますが、文化の概念が広く、文化政策の対象も広範という特徴があります。特に、文化的アイデンティティを形成しているものとしての宗教ないしナショナリズムとの関わりが強いことです。逆に言えば、自立した個人の創造を前提とする西欧的価値観にたつ芸術文化振興といった文化政策は必ずしも主流ではないか、あるいはナショナリズムなり観光や産業振興との結びつく傾向が強いのが一般的です。
 これらの例として、はなはだ簡単ですが韓国とインドネシアの文化政策を見てみましょう。
 韓国の文化政策を語る場合、戦前の日本の統治によるポストコロニアリズム(独立後以降の文化状況)の問題はきわめて重要です。日本による同化政策は、朝鮮民族の文化的伝統に多大な打撃を与え、それゆえ独立後の文化政策は長らく「反日(脱日本文化)」が基調でした。具体的には、日本の映画やテレビ放送、歌謡曲、雑誌などの輸入・公開等に厳しい規制を強いるとともに、伝統的な文化史跡や建造物の復旧や地域の民俗芸能の保護・育成など、民族文化の振興に重点を置いた政策がとられてきました。そして、戦後生まれが中核世代となり、また軍政が終わった90年代になって、ようやく日本文化への規制は徐々に緩和され、今世紀になってようやく日韓の文化交流が盛んになったのはご存じの通りです。現在韓国の文化政策は、映像やメディアアートなど今日的な文化産業の育成につながるものに力点が置かれるようになっています。
 次に、多民族・多言語・多文化社会における文化政策の例として、インドネシアを取り上げます。1万7千以上の島々からなるこの国は、ジャワ、スンダ、ブギス、ミナンカバウ、バリ等、固有の歴史と伝統文化と言語を持つ250以上の民族から構成されています。また歴史的にもヒンドゥー系王国時代、イスラム時代、オランダ植民地時代を経験し、文化的には基盤をなすマレー民族文化の上に、インド、中国、イスラム、ヨーロッパなど各種の外来要素が累積しています。こうしたインドネシアの文化政策の基本をなす考え方は「多様性の中の統一性」で、州政府や自治体が固有の伝統文化・言語文化の保存・振興をはかる一方、ジャカルタの中央政府は、国家予算の3%といわれる文化予算を組んで、自国の優れた文化やイスラム教を核とする伝統的価値の保護・振興と、自国文化の発展に資する外国文化の摂取を目的とした文化交流を軸に、国民の一体感やアイデンティティ確立と国家の安定をはかっています。

 世界の文化政策についてはもっと語りたいことはたくさんあるのですが、次回(最終回)のこれからの文化政策で、現在ヨーロッパで進行している「文化政策の転換」を述べる際に補足したいと思います。

(2008年5月15日)

おすすめの1冊

『アメリカの芸術文化政策』 片山泰輔
日本経済評論社
2006年
『フランスの文化政策』 サビエ・グレフ
水曜社
2007年

文化政策入門 目次

1
文化政策とは
2
日本の文化政策の状況 【1】
3
日本の文化政策の状況 【2】
4
世界の文化政策
5
今後の文化政策
— 課題と展望
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