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芸術祭をどのように評価するか



経済指標としての動員数

実施された芸術祭はどのように評価されるのか。行政の判断はシンプルである。来場者の数だ。たとえば、あいちトリエンナーレ2010は57万人、2013は62万人を動員し、地元に大きな経済波及効果をもたらしたという。実際、税金を使って開催される芸術祭は、議会において美術的な意義よりも、この数字が重要視される。ある程度、地元の活性化に貢献したならば、許容される支出という判断だろう。ただし、これは美術館の企画展とは違い、チケットを購入した人の数ではない。芸術祭では、公共の場に展示される作品もあり、日常生活の延長でそれを鑑賞する人もいる。オアシス21の水盤では、通常と期間中の訪問者の差を調べて、来場者の数を算出している。また複数の会場に分かれていると、それぞれの場所でカウントして合計するため、どうしても同じ人の重複が発生してしまう。ゆえに、会場の数が多いほど、一般的に来場者数は増えやすいと言えるだろう。

当然、こうした来場者数が水増しになっているのではないかという批判はある。また毎回確実に来場数が増えたとしたら、もう減らすことはできないというプレッシャーとなり、実態とかけ離れて、大本営発表化していくかもしれない。したがって、芸術祭の結果として、経済と結びつく数字ばかりを過剰に求めていくべきではないと思う。ときには減るかもしれない、あるいは失敗もするかもしれないが、それでも開催していく意義を共有しないと、アートは地方活性化や経済の道具としてしかみなされないことになる。確かに、数字による判断は、学校の成績表のように一元的であり、素人にとっても明快でわかりやすい。が、芸術祭の立ち上がりはともかく、継続していけば、どのような優れた作品が登場し、どのような人材が育ち、どのような作家が世界に羽ばたき、また開催地の文化的なイメージがよくなったかなど、複合的な視点から評価すべきだろう。

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あいちトリエンナーレ2010におけるオアシス21の草間彌生作品
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和田礼治郎「ISOLA」2013年

国際展なのか、地元の祭りなのか

あいちトリエンナーレ2013が終了した直後、地方紙『中日新聞』の記者による匿名の酷評座談会が掲載され、その芸術監督として筆者は反論を行った。来場者数に還元されないレベルの議論が提出されたことは喜ばしいが、影響力をもつマスメディアが取材不足に基づく事実誤認、恣意的な決めつけ、作家への非礼を行うことが許せなかったからである。問題点が多いため、ここでは一部を指摘し、詳細はネット上で展開した反論のまとめを参照していただきたい。パフォーミングアーツ部門の統括プロデューサーの小崎哲哉も、10の事実誤認を指摘する「中日新聞5記者への公開質問状」を発表した。当時、反響があまりに大きかったことから、『中日新聞』から反論を依頼されて提出したが、書き直しを指示され、それを断ったところ、原稿は掲載されなかった。

以下の文章は、当時掲載が拒否された原稿の後半を抜粋したものである。

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青野文昭「なおす・代用・侵入・連置(震災後東松島で収集した車の復元)」2013年
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ヤノベケンジ「ウルトラ・サンチャイルド」の前で行われた結婚式

記者Eは「あいちトリエンナーレは根本的な特色がない」と批判しました。しかし、世界で数百あるといわれる国際展でオペラも含むのは、あいちだけです。パフォーミングアーツを大きな柱にしているのも、大きな特徴です。また今回は他にはない強いテーマ性を掲げました。それに対し、記者Bは「テーマに合わせて作品を集めた感は否めない」、記者Cは「ベケットありきの作品選定や作品依頼は本末転倒だ」といいます。明快なテーマから作品を選ぶことの何が悪いのでしょうか。また演劇・ダンスでは、テーマに関連してベケットを主軸とすることをあらかじめ何度も記者発表で説明しました。本末転倒の意味がわかりません。次に記者Eの発言「即席で大震災からイメージした直接的な作品が多かった」。まるで、いい加減な作品ばかりのようです。津波で家を流された岡崎出身の作家による写真。やはり津波で家を失った学芸員が気仙沼の被災状況を記録した展示。南相馬の仮設住宅地で被災者とともに2年間を過ごした作品の発展形。震災前から壊れたモノを拾って「修復」する仙台の作家。それぞれのライフワークになった重要な作品群を愚弄しています。出品した気仙沼のリアスアーク美術館の山内宏泰さんからは「中日新聞記者が東日本大震災という出来事をまったく理解していないのだと感じました。…未来への危機意識を持ち合わせていないのだと感じました。…被災地で生きているすべての者をコケにされたような深い憤りを覚える内容でした」というコメントをいただきました。

最後に記者Eは「よそから持ってきた現代アートなるものを集中的に縦覧させて、地元を疲弊させるだけ」と座談会を締め括りました。前回に続いてトリエンナーレの会場になった長者町は活性化し、新しく会場に加わった岡崎でもこれを契機にまちづくりの気運が盛りあがっています。本当に現場を見たのでしょうか。あいちトリエンナーレは東京でも大阪でもなされていない大型の国際展です。ましてや越後妻有や瀬戸内の芸術祭のモノマネでもない。記者Eは愛知のまちに魅力がないと卑下しますが、これは愛知の人材、まち、施設、歴史、教育環境の力が結集し、実現に導いた地元が誇るべき国際展です。

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岡崎の百貨店における志賀理江子「螺旋海岸」のインスタレーション
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彦坂尚嘉「復活の塔」に訪れた南相馬の仮設住宅の居住者たち
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リアスアーク美術館「東日本大震災の記録と津波の災害史」
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オアシス21で開催されたプロジェクトFUKUSHIMA

『中日新聞』は批判するなら、当然反論も覚悟するべきだったが、芸術監督の意見は無視され、結局誌面上では「議論」にならなかった。筆者としてはせめて酷評座談会はあいちトリエンナーレの会期中に掲載してほしかった。そうであれば、多くの読者や関心を持つ人たちが実際にその目で見て、内容を判断できる。だが、それができない終了直後のタイミングだった。よそ者は来るな、地元の作家や陶芸をもっと活用せよ、といった記者のトーンには、芸術祭は世界を意識するのか、あるいは地元の祭りなのか、という問題を反映している。なるほど、乱立した芸術祭には「国際」とつける必要がないものも少なくない。だが、横浜トリエンナーレやあいちトリエンナーレなど、いくつかの芸術祭はそれが可能であり、そうした志をもって企画されていることはもっと知られてよいだろう。

こたつ問題をめぐって

筆者が批判したケースもある。彦坂尚嘉らの美術系と建築系のメンバーとともに、越後妻有アートトリエンナーレ2009をまわったとき、まつだい「農舞台」の隣に展示された二人組のpop-up-tokyoによる≪みんなのこたつ≫という屋外インスタレーションの作品をめぐって討議したものだ。これは建築系ラジオで配信され、大きな波紋を呼んだ。

筆者はこれを「こたつ問題」と命名した。みんなのこたつは、公募のドローイングを見ると、SANAA風のイメージである。実際、絵のなかにSANAAスタイルの人物像を配し、全体のデザインは、大西麻貴の2006年のシェルターコンペの一等案「大きな食卓」や石上純也のテーブルなど、若手のデザインと類似していた。アイデア・コンペでも頻出するタイプの案だが、実現しないなら単に似ているというだけの問題である。だが、ところどころに穴が空いた10m角の巨大な白い堀りごたつを屋外に提案し、実物は見事に失敗していた。サイズは約6m角に縮小し、しかも四分割されたパーツの継ぎ目がはっきりわかるだけではなく、1枚は完全にズレていた。

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石上純也「テーブル」の設営風景。キリンアートプロジェクト2005では、筆者が美術のインスタレーションに対抗しうる建築家として彼を選んだ。

ほかにも単にダメな作品はある。だが、こたつ問題はいくつかの重要なトピックが重なり、一般的な議論に値する作品だった。まず作家がアイデア・コンペに連勝しているカリスマ大学院生だったこと(筆者が審査を担当したコンペでも2度入賞していた)。優れたプレゼンテーションと実物の激しい落差。日本建築の流行の安易なコピーであること。自分たちの力では実現できないものを提案していること。また、そうした懸念のある案を審査員が選び、キュレーションのサイドもクオリティのコントロールができなかったこと。一方、作家側にも完成への努力が感じられないこと。住民参加のプロセスをうたってはいたが、それを試みた形跡も感じられない。予算が削減されたとも聞いたが、それはほかの作家も同じ条件だ。お金がないのに、スキルがない作家を選んだ側の責任もあるし、作家側も持ち出しでも全力をかけてイメージの実現に向かう気迫に欠けていた。

美術と建築のかかわる展覧会を企画したり、審査した筆者の経験では、これは構造的な問題を象徴的に示した事例だった。建築系はプレゼンテーションの能力は高いが、大風呂敷になりがちで、実際の展示物は荒削りになる傾向が認められる。一方、美術系は作品自体が商品にもなるわけで、一般的に精度が高い。むろん、建築の本当の戦場は展示場の外であり、模型やドローングは代替物に過ぎず、アート風のインスタレーションは本業ではないという甘えがあるのかもしれない。だが、同じ展覧会に出品している以上、鑑賞者は美術家か建築家かを分けて見ないし(現地のキャプションに記載はない)、同じ覚悟をもって望むべきである。21世紀に入り、アトリエ・ワンやみかんぐみが先陣となって、美術と建築が並ぶイベントが着実に増えた。それは好ましいことだが、「みんなのこたつ」のような作品が出てしまうと、アートをなめんなよ、といわれても仕方ない。ただ、展示室内で完結する通常の企画展に比べて、屋外に多数の作品が出現する芸術祭はクオリティのコントロールが難しいのも事実である。

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越後妻有アートトリエンナーレで出現したアトリエ・ワン「船の家」
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横浜トリエンナーレ2005におけるみかんぐみのチケット・ブース
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pop-up-tokyo「みんなのこたつ」

まちづくりと批評

今年、芸術祭に対する疑問を提示した書籍が刊行された。藤田直哉『地域アート』(堀之内出版、2016年/著者による書評)である。彼はアートが地域活性化や経済効果の道具として使われ、作品のクオリティが十分に審判されないまま、「素朴」なプロジェクト型の作品が増えていることに違和感を表明した。総じて、こうした作品は美術館の外部で登場し、絵画や彫刻などのモノを完成させることよりも、制作のプロセスや住民参加を重視する。ゆえに、藤田は、コミュニケーションや関係性など、1960年代には叛逆の精神だった表現の手法が、税金を使う「地域アート」に回収される状況を「前衛のゾンビたち」と呼び、衰退していく地域の鎮痛剤になっているという。なるほど、まちづくりのツールとしてのアートがもてはやされている。だが、アートは場を盛りあげるきっかけを与えるにしても、まちづくりそのものにはならないだろう。

こうした「地域アート」を肯定的にとらえるならば、芸術の地殻変動を通じて、評価軸も従来とは変わるべきなのだろう。建築の領域でも、形態よりもプロセスを重視するコミュニティ・デザイン的な手法が注目されるようになり、批評の言語が刷新される必要があるのではないかと、以前、筆者は指摘したことがある(拙稿「リレーショナル・アーキテクチャー」『美術手帖』2015年1月号)。また最近、クレア・ビショップの大著『人工地獄』(フィルムアート社、2016年 ※著者による書評が『朝日新聞』7月17日に掲載予定)も翻訳された。彼女は、参加型のアートが新しい動向ではなく、その系譜を20世紀初頭のアヴァンギャルドや1960年代の状況主義者などの試みをたどりながら考察する。『人工地獄』では日本を扱っていないし、「地域アート」は海外とは異なる文脈から登場してきたとはいえ、やはり歴史的な掘り起こしから、ていねいな現代の批評につなげていく作業が、今後のために必要ではないだろうか。

(2016年7月3日)

芸術祭 目次

1
芸術祭はどのように始まったのか
2
芸術祭はどのように成立しているか
3
芸術祭をどのように評価するか
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