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イチゴーゴーゼロの使い方

若林さんより「1550億円の夢」というバトンを受け取らせていただきました。この高額の予算は普段の仕事からは想像を超えた額ですが、文化予算の使い道について楽しく妄想に浸り、私なりに思いをめぐらせてみたいと思います。どうぞお付き合いください。

まずは、自己紹介から。

名古屋を拠点に美術を支える仕事をしています。まちをフィールドにしたアートの現場を得意とし、展示場所の確保や住民への交渉、まちとアートをつなぐ仲介人のようなことを仕事にしています。

私は東京の下町である両国で育ちました。両親ともに下町育ちで、1964年の東京オリンピックの時に小学生だった母は、学校の授業で国立競技場に見学に行き、路上での聖火リレーを応援するなど、小さいながらに東京が興奮した2週間の出来事を覚えているそうです。

私と現代美術との出会いは、ある出来事がきっかけでした。1995年、中学生だった私は、ある新聞記事を読んで驚きました。我が家から近いエリアに「東京都現代美術館」が開館するという記事でした。そこには、漫画のような作品画像とともにロイ・リキテンシュタインの「ヘアリボンの少女」を6億円で東京都が購入したという記事が書かれていました。公立中学校に通っていた私にとって、体育の授業ができないほどの狭い校庭や、エアコンのない暑い教室での環境に不満を抱いていたこともあって、「高額な税金を使って漫画の絵を買うとは!!」という思春期のある種の正義感にかられ、まずは現物を見てから文句を言おうと自転車で(下町っ子らしく)美術館に乗り込みました。(コレクション展は中学生入場無料です)

リキテンシュタインの作品を前に、知識の何一つない私が、「これは印刷された漫画ではなく、世界に1点しかない絵画である」ということをドットの手跡から学びました。そしていつのまにか、作品の値段や税金の使い道よりも美術館の中に展示されている作品たちに心奪われてしまいました。美術の授業にはない世界がそこには広がっていました。ジェフ・クーンズの掃除機のオブジェや、デビット・ホックニーのフォトコラージュなど、私には"わからない"ものがたくさんありました。なんでもわかったつもりで生意気に過ごしていた中学生の私にとって"わからない"ことへの自由を肯定され、自分の社会の小ささを自覚し、なんとも感動したのを覚えています。

高校生になって美術館に通うようになり、多くの作品を鑑賞した結果「私はアーティストになる才能はない」と早々に諦め、キュレーションの勉強をするため美術大学に進学することになりました。

大学に入った2001年、横浜トリエンナーレが開催されました。美術館を飛び出して、街のなかでアートがダイナミックに展開されていました。

大学時代は、展覧会のボランティアや、アーティストのアシスタントなどさまざまな経験をして、アーティストの制作の現場を支えることにやりがいを感じていました。作品が作られていく過程や苦悩、制作費や材料の工面、スタジオの確保、あらゆる困難が生じても、やり遂げて作品をつくるアーティストたちの仕事を目の当たりにし、美術を仕事にしていく事への厳しさや覚悟を少しずつ理解できたのだと思います。

新卒で美術館の学芸員になることがほぼ皆無であった私たちの世代にとって、まちを現場とする美術の仕事は時代の自然な流れだったのかもしれないと、いまでは思います。

さて、自己紹介がとても長くなってしまいましたが、現在の仕事の現場と照らし合わせながら、「1550億円の夢」について考えたいと思います。

あいちトリエンナーレの仕事をきっかけに名古屋を拠点にして6年目になりました。長者町地区というまちなか会場を担当したトリエンナーレの仕事が一段落して、昨年より新たな仕事に取り組んでいます。

名古屋の港まちでまちづくりの活動を行っている「港まちづくり協議会」のスタッフとなり、この10月にアートプログラムMinatomachi Art Table, Nagoya [MAT, Nagoya]を立ち上げました。

まちづくりの現場で、アートの仕事をする(つくる)というのは、なかなか困難な作業です。これまでアートの現場で働いてきた私にとって、言葉の違い、考え方の違い、進行方向の違い、あらゆる違いが生じましたが、アートのフィールドではない場所だから見えた景色もたくさんあります。気づきや発見も多くありました。

まちづくりについては、正直いまだに理解できていない部分もあるのですが、いままで都市やまちに対して抱いてきた疑問や、まちを舞台にしたアートプロジェクトの状況に対して考えてきたことを自分なりに整理し、この仕事を通して新しい答えが見えてくるのではないかと期待して挑んでいます。

「アートがまちを変えたりはしないけど、アートの存在やアーティストを受け入れることのできるまちは、異なった価値観を受け止められる、多様性のあるまちになるだろう」という思いを込めて、アートがまちのテーブル(議論を展開する/思考のきっかけとなる)になるように[港まちアートテーブル=MAT, Nagoya]と名付けました。

予算について簡単に説明すると、この港まちにある場外船券売場の収益の1%が環境整備協力費として補助金となり、地域に還元され、まちのために使われるという仕組みです。年間でいうと100億円を超える売り上げがあるので、毎年1億円近い予算がこの港まちのために使われています。

道路や公園の整備などの公共的なハード予算と、まちづくり部分のソフト予算を企画事業費として振り分けし、MAT, Nagoyaも事業予算の中に組み込まれています。文化予算ではない公金を使って、アートのプログラムを運営していくことでさまざまな課題や"違い"が生じるのは当たり前のこと。説明や交渉を幾度も重ねて企画をつくり上げています。

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さて、1550億円という巨額の予算。どう使おうかいろいろと考えを巡らせてみました。いつもは数千、数万円の予算について悩み、考えているのが実状なので、気持ちを大きくするために、まずは身近な名古屋港について紹介しましょう。

名古屋港は、トヨタ自動車を筆頭にものづくり産業を支える港です。輸出額は日本一の約11兆4000億円とのこと! 横浜や神戸の港のような雰囲気のある港ではありませんが、港まちから対岸を見渡すと飛行機の工場や輸出入のコンテナ船が行き交う働く港の景色が見えます。港における経済的観点から1550億円を見渡せば、高額な金額にも少しだけ気持ちが慣れてきます。

1550億円の夢。私が美術に触れた原点を振り返ると、やはり美術作品との出会いが重要だったのではないかと思います。芸術は、予算を投じてすぐに結果や効果がでるものではありません。年度内予算に縛られて、来場者数や経済効果を計ることも文化予算を継続させていくためには大切な評価軸です。それでも、数値では計り知れない影響が場所や時間を越えて現実に起きているのではないかと思います。作品を見た時には、わからなくても、経験を重ね、時間の経過のなかで、ふとした瞬間に理解できたり、救われたりして、人生を豊かにするものだと思うのです。

私が中学生のときに美術に出会ったことが、私の人生に大きな影響を与えてくれました。20年の時を経ていまも美術の力を信じて仕事をできていること。

ちょっと大袈裟ですが、私を育ててくれて、美術に出会わせてくれた東京に感謝しています。

1550億円は、美術のための予算とし、3つの分野にわけて10年計画を見据えて使いたいと思います。

1.保存:美術作品のコレクション/600億円

未来への財産として、また時代の記憶装置としての役割を美術作品は担っています。全国の美術館で、この時代、その美術館ごとの特性を生かした作品をコレクションします。作品の価格については、専門ではないので言及しませんが、10年規模で、全国の美術館で振り分けたら、意外と現実味があるかもしれません。

2.普及:美術に出会う機会やきっかけをつくる/550億円

日常に近い場所にあるアートセンターやアートフェスティバルにも予算を投資。新しく美術館を新設するのではなく、使われなくなった建物や空き地を資源として転用し、会場とすることを条件とします。アートだけではなく、さまざまな分野の専門性を横断する場所をつくることを歓迎します。

3.支援:アーティストや現場を支える人を支援する/400億円

個人的な関心としてはここが最も妄想していて楽しかった部分ですが、この厳しい時代に表現を続けているアーティスト達に敬意を表し、アーティストの支援をするサポートプログラムを立ち上げます。(制作費の援助、スタジオの提供、制作にまつわる経費の貸し付け、リサーチのための援助、海外への派遣費、機材のレンタルなど)ここでは、アーティストの意見を取り入れ、構想を立てることを条件とします。また同時にアートコーディネーターやマネジメントなどアートの現場を支え、渡り鳥のように移動して仕事を続けていく頼もしい同志たちの活動も支えていくことが重要です。

同時代を生き、独自の視点を持って社会を鋭く見つめるアーティストの仕事や作品に対して「現代美術は難しい」なんて敬遠している人たちにも理解が広がり、この3つの予算が夢ではなく現実になることを願い、これからも街場でコツコツと美術の素晴らしさを伝える仕事を続けて行きたいと思っています。

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※文中の写真は名古屋の港まちの風景です。

(2015年10月20日)

今後の予定

Minatomachi Art Table, Nagoya[MAT, Nagoya]
アーティストの青田真也さん、アートマネジメントの野田智子さんと共同でプログラムを企画しています。Minatomachi POTLUCK BUILDINGを拠点に現代美術の展覧会、スクール、空き家を資源として活用する「WAKE UP! PROJECT」など、さまざまなプロジェクトを進行しています。
展覧会やイベントの情報は、ウェブサイトをご覧ください。
http://www.mat-nagoya.jp/

関連リンク

  • Allotment
    若手の美術作家の制作活動を手助けするTRAVEL AWARD(制作旅行助成金)のプロジェクト。事務局をお手伝いしています。
  • トヨタデカスプロジェクト
    豊田市の魅力を発信する市民型アートプロジェクトの審査員を行っています。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

驚くほど幅広いネットワークとフットワークの軽さ、アイディアをもつ異才の大使館員、中西さん。関心の領域も、見ている世界もボーダレスな「横断」の達人です。大使館での文化プロジェクトの立案・運営や大使への文化アドバイザーというオンの顔を持ちながら、オフでも、ハイ・インパクトな次世代リーダーたちを横串にする「echo camp」や、展覧会、国際文芸フェスの企画委員も務める…日々磁石のようにみんなをひきつけています。将来の日本の文化外交の旗頭だと私は勝手に期待していますが、今回はどうぞ一個人として、妄想の翼を自由に広げて、1550億円の夢を語ってください!
(「もし1550億円の予算を手にしたら、あなたはどのような未来をつくりますか?」スーパーバイザー:若林朋子)

もし1550億円の予算を手にしたら、あなたはどのような未来をつくりますか? 目次

1
イチゴーゴーゼロの夢
2
イチゴーゴーゼロの使い方
3
世界一の文化大国へ
4
1550億円がなくともいずれは実現させたい妄想
5
「場」のサステナビリティと2116年に向けた新たな布石
6
人に賭ける
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