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「アウトリーチ」にハマっています



 5年ほど前のことだったと思います。若手のアーティストを発掘するため、財団法人地域創造が行っている「公共ホール音楽活性化事業」(通称「おんかつ」)のプレゼンテーションに参加させてもらい、夜の交流会にもそのままなだれ込みました。この事業は、地域の学校や施設などに生のクラシック音楽を届けることによって身近に感じてもらい、多くの人に芸術のすばらしさや楽しさを知ってもらうことを目的に実施されています。しかし、実施対象が都道府県や政令指定都市を除く地方公共団体ということで、県立ホールに務めている私にとっては、その内容に興味を惹かれても、直接この事業に取り組むことはできませんでした。

 ところが昨年度から、都道府県や政令指定都市と連携して実施することによって、「おんかつ」の普及をいっそう効率的に進めることができるよう、「公共ホール音楽活性化アウトリーチ・フォーラム事業」(通称「フォーラム」)が始まりました。そこで、熊本県立劇場でも早速この事業に応募し、幸いにも最初の実施団体となることができたので、やっと担当者として「おんかつ」にかかわることとなりました。

 学校で行われるクラシックの演奏会は、以前から「音楽鑑賞教室」というかたちでかなり普及しています。生のクラシック音楽を子どもたちに聴いてもらうため、アーティストが学校を訪れて演奏するという意味では、これもアウトリーチと言えなくはないでしょう。しかし、多くの場合、全校生徒を対象に、広い体育館で、どの学校でも同じ内容で実施しているのが現状です。演奏だけでなく、楽器紹介のコーナーを設けるなどの工夫はなされていますが、基本的にステージから客席への一方通行とならざるをえません。しかも、たくさんの子どもたちが一斉に鑑賞するわけですから、先生方としても「静かに、行儀良く聴く」ことを強要してしまいがちです。しかし、それによってかえって音楽嫌いになる子も多いのではないでしょうか。もともとクラシック音楽を好きな子どもや、コンサートを聴きに行ったことのある子どもにとっては楽しめる内容であっても、そうでない多くの子どもたちにとっては決して楽しい時間とはならないでしょう。

 これに対し、「おんかつ」のアウトリーチでは、原則として小人数を対象に、教室などの狭い空間で実施しています。また、実施する1〜2か月前には、アーティストの代表と、コーディネーターが現地を訪れ、市町村の担当者や音楽の先生を交えて、教室の配置、ピアノの状態、授業の進度、子どもたちの様子などを細かく調査します。そのうえで、学校ごとに演奏曲目や進め方を変更したり、事前にアーティストと子どもたちが手紙やビデオのやり取りをしたりして、子どもたちがより音楽に入り込みやすいように、またアーティストとの壁を低くして音楽に取り組めるよう工夫しています。さらに、子どもたちができるだけリラックスして音楽を楽しめるように、先生方から子どもたちへの声のかけ方にも配慮していただいています。

09-01.jpg 下見では、先生、ピアニスト、コーディネーターが綿密な打合せ(熊本県芦北町)


 こうした準備を経て行われるアウトリーチに立ち会ってみると、どの子どもも真剣に、集中して音楽に向き合っている様子を目の当たりにすることができます。楽器の生の音に対して耳を傾けているだけでなく、時には笑ったり、一生懸命手を上げて発言したり、いつのまにかみんなが音楽の世界に入り込み、楽しんでいるのです。確かに、1回のアウトリーチに参加できる子どもの数は30〜40人程度。1開催地で5回やっても、せいぜい200人の子どもたちしか体験できませんが、こういった事業は、あくまで小人数にこだわらなければ効果が上がらないということも実感できます。

09-02.jpg アーティストからの質問にも元気に答えます(熊本県長洲町)

09-03.jpg アーティストの話に興味津々(熊本県小国町)

09-04.jpg この楽器どんな音がするのかな?(熊本県小国町)

 私は、今年度から「おんかつ」と「フォーラム」のコーディネーターとして事業のお手伝いすることになり、6月から7月にかけて沖縄県で開催された「フォーラム」では、那覇市、名護市、宜野湾市のアウトリーチに立ち会いました。そこでは、若いアーティストや沖縄の子どもたちに出会うことができたというだけでなく、熊本で経験したアウトリーチにはなかった多くの場面に遭遇し、それが私にとって新たな収穫となりました。

 アウトリーチの進め方には正解がありません。訪問する学校ごとに、子どもたちの年齢、環境、先生の経験、地域の風土など、あらゆる条件が異なっていますし、演奏するアーティストも違います。ですから、1か所でも多くの現場を経験することが、自分の引き出しを増やすことにつながるのです。今年度は、12月に伊東市、2月に奈良市で「おんかつ」のコーディネーターを体験することになりますが、そこでどんな出会いが生まれるか、どんな引き出しの中身が待っているか、今から楽しみです。

09-05.jpg アウトリーチが終わったら個人レッスンもサービス(沖縄県名護市)

(2005年8月22日)

今後の予定

■熊本県立劇場の演奏家派遣アウトリーチ事業

2005年
10/19(水)~22(土)
熊本県牛深市


■地域創造の公共ホール音楽活性化事業

2005年
12/8(木)~10(土)
静岡県伊東市

2006年
2/23(木)~26(日)
奈良市


■熊本県立劇場 主催公演

2005年
10/1(土)
Piano de Duo 5
小原孝、佐山雅弘

10/28(金)
ホワイエ・サロンコンサートNo.13 サリーガーデン
波多野睦美、つのだたかし

2006年
1/25(水)
レニングラード国立バレエ
「白鳥の湖」全幕

1/27(金)~2/12(日)
熊本リージョナルシアター

3/3(金)
人形浄瑠璃「文楽」

3/11(土)
穐吉敏子スーパーカルテット
“もっとピアノがうまくなりたい”

関連リンク

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

古賀 弥生 様

 熊本県内で行ったアウトリーチのDVDを評価していただきありがとうございました。まだまだ改善の余地は多いので、みなさんからのご意見をいただきながら、さらに充実したアウトリーチにしていきたいと思います。
 NPOの代表はもとより、現役の大学院生、主婦と、何役もこなして大忙しの毎日でしょう。毎晩のように深夜に届けていただく、「アートサポートふくおか」からのメールは、指定管理者制度を控えたホールの職員としては貴重な情報ばかり。古賀さんのネットワークの広さに感謝、感謝です。
 元公務員でありながら(だからこそ?)、官に対する鋭い舌鋒はますます冴えわたっている気がします。これからも市民の目線で、厳しく、そして暖かいコメントを期待しています。

熊本県立劇場 本田恵介
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