ネットTAM

59

アートの魅力を現代に起こすこと、未来に伝えていくこと

 皆さんこんにちは。僕はいま、日本海に面する山形県庄内平野の鶴岡市に住んでいます。
 温泉が好きで、時間を見つけては各地の湯に浸かっています。ド近眼の僕は、湯船で眼鏡を外すことで世界を感じるセンサーが切り替わり、視覚情報の洪水から解放されるんです。湯の香り、色、味、湯口の音、温かさ、湯の肌ざわり、浴後の余韻...。東北の湯はどれも個性的で、いつでも新しい発見があります。自然がもたらす奇跡の現象に感動をおぼえ、そしてこの至福の現場を未来へ大事に遺していきたいと思う。ああ、言葉にするとそれっぽいけど、よい湯を前にしては理屈なんていりませんね。その思いはアートにも同じように重ねています。
 このコラムでは、僕が普段携わっている事業のなかから、「会場媒体の仕事」と「紙媒体の仕事」についてご紹介します。

会場媒体の仕事 ~鶴岡アートフォーラムの取り組み

 庄内藩の城下町として栄えてきた鶴岡は、出羽三山・庄内平野・日本海という山里海の豊かな自然に恵まれた土地です。いまも多くの在来作物が栽培され継承される食の宝庫でもあります。春は孟宗汁、夏はだだちゃ豆、秋は芋煮、冬は寒鱈汁など名物も目白押し。近年は「たそがれ清兵衛」「おくりびと」をはじめ数多くの映画の舞台やロケ地としても注目されるようにもなりました。
 2005年、そんな鶴岡市の中心市街に鶴岡アートフォーラムは開館しました。僕はその開館準備にあわせ、4年前にやってきました。鶴岡アートフォーラムは市民ギャラリー機能を重視しながら、主催活動も盛んにおこなっています。事業費は決して潤沢とはいえませんが、大型企画や巡回展では不可能な小回りの利いた地域密着型の取り組みが特徴です。スタッフが一丸となり手間暇かけてこつこつ企画を育てていくことで、ほとんどの特別展覧会をコレクションに頼らない独自企画として開催しています。

59-01.jpg
鶴岡アートフォーラムの全景写真(東面と西面)。ギャラリー面積の総計は1240平方メートル。設計は小沢明氏、ロゴマークデザインは上條喬久氏。

 そのひとつに「市民交流プログラム」があります。2006年の「光を紡ぐ~ 石井勢津子 ホログラフィー・アートの世界」から始まったこのプログラムは、国内外で活躍中のアーティストと市民との交流に主眼を置きながら、「展覧会」「ワークショップ」など従来の形式に拘らない長期的プロジェクトを実践し、2年から3年をかけた市民とのコラボレーション制作や公開をおこなっています。アートの生まれる現場やアーティストの考えに直接触れることで、社会に根ざしたアートのあり方を市民一人ひとりの視点から感じ取り育んでいける環境を目標としています。事業運営には、ボランティアとして参加してくださる市民サポーターの皆さんのお力も、今では欠かせないものになりました。

 たとえば、2007年に開催された「2000年後のタイムカプセル」(柴川敏之)では、「もし現代の日用品が2000年後に遺物として発掘されたら?」をテーマに、携帯電話やソフビ人形などさまざまなオブジェ群の化石(遺物)を、子どもたちと一緒に制作した作品とともに展示しました。

59-02.jpg
「2000年後のタイムカプセル」鶴岡アートフォーラム2007より。子どもたちと拓本絵画を制作する柴川敏之氏。完成作品はエントランスのガラス面に張り巡らされ、光を透過してステンドグラスのような美しい光景となった。

 2008年の「もしもの森」(近森基++久納鏡子)では、市民が持ち寄ったオブジェをもとに、地域にゆかりのあるモチーフを使ったアニメーションを作成し、メディアアート作品として発表しました。ほかにも鶴岡市の航空写真と江戸時代の地図を掛け合わせたメディア作品を制作し、鶴岡ならではの新作を発表しました。近森基++久納鏡子にとって最大規模の個展となったこの企画は、山形美術館と同時開催されました。

59-03.jpg
「もしもの森」鶴岡アートフォーラム2008より。手前は、鶴岡の市街写真の上に立つと江戸時代の様子(古地図)が浮かび上がるインタラクティブ作品。奥の作品は、円柱の前を人が通り過ぎるとさまざまな動物が現れる。

 2009年の「集めることはアートになる!」(太田三郎)では、「収集癖は立派な能力です」との呼びかけにより、「意図せず集まっちゃったモノ」や「ついついため込んだモノ」などを抱え込んでいる市民を集い、約1年をかけてコレクションアートとして再構成しました。集まったものは、「ネイル」「豆の毛(!)」「手ぬぐい」「マッチ」「本」「映画の半券」「鳴り物」「マラソンのゼッケン」「レシート」などなど。参加者は「市民アーティスト」として、各人が個展形式で発表をおこないました。太田氏の絶妙なナビにより、現代アートの知識がなくとも、構想を高め展開させることで自然にコンセプチュアルな作品やインスタレーションなどの「表現」が実現できたことは、アートと社会、アートと日常との関わりにおいて大きな可能性を示すことができたと思います。

59-04.jpg
「集めることはアートになる!」鶴岡アートフォーラム2009より。市民によるインスタレーションの一部屋。太田三郎氏の指揮のもと、12組の市民アーティストによる作品が制作された。

 鶴岡アートフォーラムという現場は僕にとって、地方に暮らす一般の方々がアート(特に現代のアート)に対してもつ先入観やコンプレックスをいかに好転換できるか、あるいはアートに対する関心や興味をいかに拡張できるか、ということを根本から考える機会となっています。豊かな大自然に育った市民の皆さんの豊かな感受性、それは地域によってもそれぞれ異なるでしょう。そこで、それぞれの文化的な土壌づくりとその底上げができるかどうかが、今後の大きな岐路になります。そのためにも、普段ミュージアムに足を運ばない(運べない)方々と積極的に出会い、その声に耳を傾け、積極的に事業方針へと反映させる必要があると考えています。アートをアートとして意識しなくとも、自然とそんな要素が生活のなかに息づくような環境づくり、大変ですけどそれを理想にしています。

紙媒体の仕事 ~アートブックとしての表現

 ここからは、僕が関わっている鶴岡アートフォーラムの事業やそれ以外の活動も含めて、企画や編集を手がけた仕事のなかから、アートブックとしての要素が大きな近年の発行物をいくつかご紹介します。僕は展覧会のような会場媒体の表現にみられるライブ感、同時代感とともに、紙媒体の表現可能性も重視していて、それぞれがもつ役割と相互補完について強く意識してきました。確かにアートに関することを言葉にするのは難しい、でも、だからこそその魅力を伝えていくことの必要性を感じています。その意味で、アーカイブや研究発表としての側面のほかメッセージ性の高い表現媒体として、イベントとは別な存在意義を求めています。カタログやパンフレットであれば、展覧会の印象をどのようなかたちで持ち帰っていただくか、あるいは展覧会をご覧いなっていない方にどのようにして会場の臨場感を伝えるかを、いろいろと思い巡らせながら、それぞれの企画に明確なテーマを設けて取り組んでいます。

59-05.jpg
カタログ『OKAZAKI KAZUO Supplemental Resources』(奈義町現代美術館2001)
岡崎和郎の展覧会カタログとして制作。オブジェ作品(3D作品)の紙媒体による記録はどうあるべきかを考え、作品写真(3D→2D)の代わりに紙模型の精密なミニチュア(3D→3D)を作成した。

59-06.jpg
単行本『スペクタクル 能勢伊勢雄 1968-2004』(和光出版2004)
能勢が執筆した多様なジャンルに関するテキストをまとめたもので、辞書形式の本体とイベント記録集、ルーペの3点で構成される。「どんなジャンルにもとらわれず、どんなジャンルにもかかわっている」をキャッチコピーに、一見無関係な項目がどんどんリンクされていき、すべての世界がつながっていることの体現をめざした。
59-07.jpg
パンフレット『BANDED BLUE 2 作座考』(鶴岡アートフォーラム2006)
キューブの集合体をイメージした会場構成に対応し、立方体に組み立て可能なA4変形パンフレットを制作。リバーシブルになっているので、会場写真面と6作家の作品写真面とで組み立ての選択が可能。入場者に無料配布された。
59-08.jpg
カタログ『庄内の美術家たち』(鶴岡アートフォーラム2006- )
山形県庄内地方の美術をさまざまな角度からとらえ紹介していくシリーズ。
カード形式のカタログとして、展覧会で取り上げた作家をひとり一枚のカルテとして作成し、毎年増えていく仕組み。氏名(五十音順)、活動ジャンル、活動時期などの基準で並べ替えができるように構成されている。
59-09.jpg
カタログ『物が語る 日本と韓国』(せとうち現代美術2007)
作品の全容写真(図版)ではなく作品素材の一部(実物)を直接貼り込むことで、手触り、匂い、重さなどにより観者の記憶を喚起させる試み。200部エディションの限定カタログ。
59-10.jpg
パッケージ『彦太郎糯』(有限責任事業組合(LLP)「ままくぅ」2007)
真剣に農業に取り組む若いファーマーたちによるプロジェクト。山形県遊佐町原産の彦太郎糯は、高い評価を得ながら栽培が困難なため昭和中期に途絶えた品種だったが、 近年復活し生産が再開された。奥村文絵(フーデリコ)の企画により首都圏販路向けパッケージが制作され、
2008年度グッドデザイン賞受賞。
59-11.jpg
フリップブック『もしもの森』(プラプラックス2009)
近森基++久納鏡子によるメディアアート作品を7冊のフリップブック(パラパラ漫画)で構成。1冊につき5秒分程度の動作を楽しむことができる。同名展覧会の記録集として単行本化された。

 以上、とりとめのない話題で終始してしまいました。
 アートに触れることは特別なことではありません。であると同時に、やっぱりアートに触れることは特別なことなんです。日常からのちょっとした飛躍を楽しむきっかけを一緒にみつけていく作業は、今後も続いていくことでしょう。僕はこれからも文化を現代に起こす仕事と未来に伝えていく仕事、それぞれを大事にしながら取り組んでいきます。ここまで読み進んでくださった方、どうもありがとうございました。

(2009年10月20日)

今後の予定

「庄内の美術家たち5
 ~洋画・20世紀の幕開け」

会期:
2010年2月6日(土)~3月7日(日) 月曜休館
主催:
鶴岡アートフォーラム/鶴岡市教育委員会
共催:
財団法人致道博物館

関連リンク

おすすめ!

最近読んだ本を紹介します。

『白川静──漢字の世界観』
松岡正剛、平凡社新書
780円(税別)

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

能勢伊勢雄さんの壮大な世界観にもとづく思考の展開、そして実行力には、ただただ感服です。
彼の生きざまに触れることで、現代社会のあらゆる現象が違った角度でみえてくるでしょう。
この記事をシェアする: