ネットTAM

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「アートの情報基盤」を作ること

ネットTAMとの出会い、リレーコラムのバトンを受けて

 4年前のちょうど今頃だったと思う。私は6年間勤務していた富士通を辞めて、「芸力」の活動を開始する前に、まずはアート業界で少しキャリアを積んで人脈を作ろうと思い、ネットTAMのキャリアバンクを毎日チェックしていた。そんな中、自分の考えているものに近いことを事業としてやっている企業がスタッフを募集していて、さっそくアルバイトの面接に行った。結局、面接に行っていろいろ話していくうちに、自分のやりたいことは自分で道を切り拓くしかないことに気づき、応募は辞退するのだが、アートマネジメントを実践的に学びたいと思いながら、ネットTAMを隅々まで読んでいた私に、4年が経って、まさかリレーコラムがまわってきて、書く側になるときがくるというのは、なんだかとてもうれしくて、人との繋がりにただただ感謝するばかりである。

 そういうわけで、今このコラムを書きながら、これまでの活動を振り返っていたのだが、事業を構想した当初から抱いていた想いは今もまったく変わらず、そしてこれからもその使命を果たすことにすべてを注いでいくということに何の迷いもないことを改めて自分自身で確認したところである。その想いと使命について、これまでとこれからの活動も合わせてここに記したいと思う。

「芸力」起業の経緯

 「ITで実現するアートマネージメント」と題した企画書をこしらえていた。2004年12月のことである。富士通でデータベースソフトウェアの開発・検証部隊にいた私は10年後のことを考えていた。企業システムのインフラ技術の開発と構築に携わりながら、コンピュータシステムができることの限界を感じつつ、その技術をいかした社会的な大きな仕組み、10年後にそれがあって当たり前となるようなもの、を作りたいと思うようになっていた。そう考えたとき、10年前の大学生だった自分が抱いていた一つの大きな夢を思い出した。

 「全世界的なアートのデータベースを作りたい」

 小さい頃から絵を観るのが好きで美術館に通っていた。大学時代はコンピュータ漬けで自分の頭がデジタルに偏っていくのを防ぐかのように、週末になると美術館に行ってアナログなものに触れることで精神のバランスを保っていたように思う。その頃から、観た絵や作家の情報を詳しく調べたいと思ったときに、どこにもそういう情報がまとまっていないことに疑問と不満を感じていた。

 全世界的なアート情報のデータベースがあって、作家名でも、作品タイトルでも、所蔵先(場所)でも、作品のイメージ(画像)でも、また作品から受ける印象(感性)でも検索できるものがあったらいいのに・・・。そう思っていた。しかし、当時学生だった私は、自分にそれを作る技術もなかったので、そのうち誰かが作るだろう、と思っていたのだ。が、会社に入り10年経ったその時も、10年前に自分が考えていた仕組みは世の中に存在していなかった。

 それに気づいた時、強く思ったのだ。今から10年後に、「また誰も作らなかった・・・」と後悔をしたくない、と。そんな後悔をするくらいなら、10年間かけてでも自分が作ればいいではないか、と。10年後には小さくても形になっているかもしれない。10年よりもっとかかるかもしれないけれど、それならなおさら、今すぐにでも作り始めなければいけない、と。

 でも、これは文化を支える社会的なインフラであると考えていたので、それならば、会社を巻き込んで企業の社会貢献事業として立ち上げるのがいいのではないかと思い立ち、「ITで実現するアートマネージメント」と題した新規事業の企画を会社に持ち込んだのである。しかし上層部にかけあうも「志は分かるけどビジネスにならない」とあっけなく却下されてしまったのだ。即効性のないビジネスモデルであることは十分承知の上での提案で、それよりも、"10年後、20年後に日本の文化事業を支える社会的なインフラ(仕組み)を作っている企業" としての経済効果の大きさを力説したのだが・・・。非常に残念ではあったのだけれど、「ならば、一人でやるからいいです!」と言って、会社を辞め、今に至るのである。

アートの情報基盤を作ること

 「芸力」はサイトだけ見ていると結構な社員を抱えて運営しているように見えるらしいのだが、実際は私一人でやっている。一人でやっているので、必然的にどこにでも顔を出すし、いろいろな役回りで動いている。時にはWEBデザイナー、時にはシステムエンジニア、そして、作家紹介、広報代行、イベント企画、商品企画もやるし、カメラマンにもなるし、コレクターであったりもする。そのせいか、「芸力は一体何をする会社なのか」「竹本は何者なんだ」という質問をよく受けるのだが、いまだに自分のやっている活動を一言で表せる適当な言葉がなくて、いつも自己紹介に困ってしまうのである。

 なかなか伝わりづらいのではあるが、自分としては、広義でシステムエンジニアだと思っている。アートの情報を扱うシステムエンジニアだ。システムは単にコンピュータシステムではなく、社会システムを含んでいる。

 そのエンジニア的なアプローチで、片足をIT側に、もう一方をアート側に突っ込んで、この4年間、いろいろな活動をしてきた。活動の末端だけを見ると何の脈絡もないようにみられるのだが、私にとってはその活動のすべてが「アートの情報基盤を作ること」に繋がっている。

 「アートの情報基盤を作ること」

 これが私の使命だ。これで起業することを、相談した人のほとんどが反対をし、「無謀だ」と言った。でも、どういうわけか、これをやるのは自分しかいない、というかなり強い思い込みの使命感が私にはあってそれに突き動かされているのである。

 芸力のサイトは、作家の情報と作り出されたすべての作品情報を蓄積していく「創力」、展覧会情報を蓄積する「展力」、展覧会を開催するギャラリーやアートスペース情報を蓄積する「場力」から成る。蓄積されていく情報は生きた情報であり、日々増加し進化していくものだ。アートに関わる"もの・人・場"、その情報の点を繋ぎ線にしていくこと、その線を重ねて面にしていき、層にしていくこと。そうして蓄積・編集された情報が、今まさに日本のアートシーンがどうなっているかを網羅的かつ横断的に見ることができる情報基盤(インフラ)となっていく。アートの"今"を蓄積していったその先に、情報のストーリーが生まれ、それが"歴史"になっていくのだ。

芸力のコンセプト

芸力のコンセプト

 はじめは首都圏中心に200数件のアートスペース情報だった「場力」も、現在は日本全国1000件を超えた。全国の情報を扱うサイトとしては日本一の情報量だと思う。たくさんの方の協力と情報提供があってこそで、現実の"もの・人・場"の繋がりに大変感謝している。個々の情報は単独では点でしかないのだが、その集合を様々な切り口で展開して見せられるようにすること、そこから情報の新たな価値が生まれる。それが見えてきたときが、「アートの情報基盤」としての価値が出てくるときではないかと考えている。

 しかし、現在のサイトは私が考えている「アートの情報基盤」のほんの一部が機能しているだけだ。「アートの情報基盤」の根幹は「創力」にあって、仕組み自体は出来ているのだが、自分の力不足でいまだにサービスを開始できないでいる。

 今存在しているアートデータベースの多くは、基本的に美術館もしくはギャラリーの所蔵品データベースだ。しかし、それでは情報は縦割りで、点のまま繋がっていかない。だから、作家の回顧展など、リストが必要になったときに学芸員が全国に散在する作品の情報をかき集めるなんていう事態になったりする。

 必要なのは、作家を単位としたデータベースだ。今を生きる同時代の作家の情報と制作活動を、日々刻々と変化していくアート情報を、情報の生成と並行して収集していく進行型のデジタルアーカイブシステムが必要で、それが「創力」である。
 今は光の当たらない情報もいつ光があたるか分からない。そのときに慌てて情報を探すのではなく、今から整備しておけばいいのではないか。

 今を生きる作家のすばらしい作品に出会う度に、同じ時代を生きる者として、何ができるか、そして、次の時代に何を遺していけるか、を考えている。作る人、販売する人、支援する人、観る人、アートに関わる全ての人がhappyになれる仕組み(インフラ)を作ること、それが私が自分自身に課した使命だ。

情報の専門家・エンジニアとして

 情報を扱う専門家として、またエンジニアとして気をつけていることが二つある。

 一つは、システムに依存しないということだ。

 「アートの情報基盤を作ること」、「仕組み(インフラ)を作ること」と連呼しているものの、そういうシステムなり仕組みを作りさえすればコトが上手く運ぶとはまったく考えていない。システムが現実の"もの・人・場"を繋いでくれるわけではないからだ。むしろ情報は様々なシステムを通して、メディアやフィルターが重なっていくことでだんだんと薄っぺらいものになっていって現実から離れていってしまう。だから私はひたすら「現場主義」を貫き、自分自身の手と足、目と耳を使ってリアルな情報と自分とが直接繋がるように心がけている。

 特にアートの世界は驚くほどに情報化が遅れているから、その「情報化」の作業として、とても地道な作業ではあるのだが、自分が現場で繋がったリアルな情報を、ネットにあげていくという作業(現場に落ちている無数の石を拾い上げてはネットというテーブルにのっけていくという作業=「情報化」することで情報に価値付けをすること)をただひたすら繰り返しやっているのである。

 もう一つは、情報をフェアにオープンに扱うということだ。

 世の中に情報は溢れかえっているけれど、目に入ってくる情報は、広告として操作された情報ばかりだ。アート関係の雑誌も新聞もTVも広告記事ばかりが目につく。どの情報が広告でどれがそうでないのか、情報の選択はユーザー(消費者)の判断と認識に委ねられている。一極集中するユーザーが悪いのではなく、そういう情報しか提供されていないのではないか、そう思うようになった。

 だから、私は情報を扱う専門家として、サイトメディアのポリシーとして、すべての情報をフェアに、そしてオープンに扱うと決めた。すべての情報をフラットにテーブルに載せ、情報の全貌を明らかにして、そこからユーザーが自由に選択できる場を提供したい。現在のサイトビジネスのほとんどが広告主体であるわけだが、私は広告に依存しない情報提供と発信を模索していきたいと考えている。

芸力サイトイメージ(左からトップ、展力、場力の画面)
芸力サイトイメージ(左からトップ展力場力の画面)

これまでとこれから

 アートの情報基盤ができてその価値が見えてくるようになるまで、いかに「芸力」の活動を長期的に、そして経済的にも持続可能なプロジェクトとしていけるか、を日々考えている。

 これまでの活動は、そのための土壌作りだったといえるだろう。最近、ようやく土壌ができてきて、少しずつ今まで撒いてきた種が芽を出してきたところである。

 これから本格的に「アートの情報基盤」の根幹部分の構築にとりかかりたいと思っている。

 ネットTAMで求人情報を探していた時から丸4年、これから6年後にはある程度の形が見えてくるだろうか?
 ・・・少々不安ではあるが、やるべきことは明確に見えているので、ひたすら前に進むしかないと思っている。

(2009年6月22日)

今後の予定

「アートの情報基盤」を利用したコンテンツ事業として、現在、絵画と写真作品をデジタル版画にするプロジェクトを印刷工房(有限会社アクティブアーツ)と一緒に進めています。
このプロジェクトにからめて「創力」のサービスもスタートさせられればいいなと考えています。

関連リンク

おすすめ!

『知の編集工学』

『知の編集工学』
(松岡正剛著、朝日新聞社)

アートの情報基盤を作ることの重要性を確信させてくれた、私のバイブルともいえる本です。 システムエンジニアにはぜひ読んでいただきたい一冊です。


『神と仏の道を歩く-神仏霊場巡拝の道公式ガイドブック』

『神と仏の道を歩く-神仏霊場巡拝の道公式ガイドブック』
(神仏霊場会編、集英社新書 ビジュアル版)

この本の挿画がすばらしいのでぜひ見てください!
著名な鉛筆画の作家たちが各社寺を描いていて、とてもおもしろいです。
日本文化のすばらしさを再認識できる一冊です。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

金澤のアート情報のスペシャリストで、フリーペーパー「イコール」を発行している中西研大郎さんにバトンタッチです!
お互いメディア媒体は違えど、考えていることはものすごく近いなぁといつも感じています。
自分たちの環境は自分たちの責任でもって変えていかなければいけない。
何もしないで文句を言うのではなく、とにかく小さくても何かやってみる。
一杯の水をぶっかけてみる。そこから何かが変わるかもしれない。
そんな中西さんの行動力にいつも圧倒されて元気をもらっています。
どうぞ、コラムで思う存分、水をぶっかけてくださいね!
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