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ネットTAMブログ特別企画
「トヨタ・エイブルアート・フォーラム その後の10年」
~エイブルアートの歩みと未来~(2)

【トヨタ・エイブルアート・フォーラム その後の10年】(2)

「福祉とアートの取り巻く環境の変化、
そしてトヨタ・エイブルアート・フォーラムの種まき」

 それまで支援の対象とされることが多かった「障がいのある人たちのアート」に対して、周囲の方たちが「障がい」への理解を深め、障がい者アートの作品の質やアーティストの可能性を認識し、それを魅力的だと思う環境や土壌が出てきたことは、大きな変化の一つです。それは、障がいのある人たち自身が切り拓いてきた"アートそのものの力"と地道なネットワークの構築、そしてトヨタ・エイブルアート・フォーラムの構造や仕組みが多大な影響を与えてきた結果だと思います。 

 また、トヨタ・エイブルアート・フォーラムで初めて障がいのある人のアートに触れ、福祉とは別の接点でかかわりを見出した人たちが、翌年にはフォーラムの実行委員会に参加し、数年後にはアートスペースを柱とした福祉施設を始め、施設長になっていたという例もあるほどです。実は、あとでご紹介する4人のうち2人がそういった方々です。ここ最近、自治体の依頼などで実施した各地のセミナーやプログラムの現場では、「トヨタ・エイブルアート・フォーラムに参加しました」と、フォーラムの種まきの成果を目の当たりにする場面に驚くほどよく出会います。

 エイブルアートの概念自体も社会の状況に応じ、「障がいのある人のアートを軸にした活動」から「芸術の社会化、社会の芸術化」というキーワードに変化しました。今では、単に作品の展示や紹介をするだけではなく、障がいのある人とその表現を通して、周囲の環境や気分、兆しを変えていこうという流れになっています。現代のアートシーンもまた、今を生きている市民と共に社会課題にかかわるアートプロジェクトが増え、20年前とは大きく変化しています。エイブルアートの動きは、こうしたアートシーンの時代の流れと絶えずリンクしていたように感じていたので、ネットTAMの「芸術環境KAIZENファイル」で私たちの活動を取り上げてくださったときは感慨深いものがありました。それは、トヨタ自動車が実践されてきたエイブルアートとネットTAMが合流した瞬間でした。エイブルアートが目指していたことが花開き、とても嬉しかったです。

柳田 烈伸( やなぎた たけのぶ)「スーツの黒人」.jpg

<エイブルアートのいま>

 今、福祉の現場はおもしろくなっているのではと思います。少なくとも、エイブルアート・ムーブメントが生まれた奈良・たんぽぽの家では、アートやデザインを学んだ人や、文化人類学や社会学などを学んだ人も多くいます。フォーラムで「人間の幸せとは何か」「幸福に生きるためにアートの役割はあるのか」といった問いにふれた人たちが、探究心を持って障がいのある人たちにかかわる現場に入ってきていることは、フォーラムが社会を変えた一例と言ってもいいのではないかと思っています。

 また、個人のメディアの変化も、障がいのある人たちの活躍の場を大きく変えた理由の1つです。インターネットやメールの普及によって、障がいのある人が自分の伝えたいことや表現を発信できるようになり、彼らのコミュニケーションの幅が一気に広がりました。2000年代に入ってからは、メディアを通じた交流が契機となり、国内外の人の交流も始まりました。20年前と比べて、ミッションを同じくする人たちが、交流する際のスピードもダイナミックさも変化してきていることを感じます。

 国の具体的な政策も大きく動き始めています。最近、厚労省と文化庁による「障がい者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」が実施されました。障がいのある人たちの表現活動のとらえられ方は、社会参加の側面が強く、多くは厚労省ベースでの審議会でしたが、ここに芸術文化の専門家が入り、障がいのある人たちのアートについて文化的な価値を検証するという画期的なことが起こっています。優れた作品の発掘、保存、評価という、作品としての文化的な価値だけではなく、表現そのものやその人自身を含めた魅力を伝える方法や作品の2次的使用、その支援者の育成、さらにはソーシャル・インクルージョンの視点からの障がい者アートの可能性など、さまざまな観点から議論が生まれています。

大峯 直幸(おおみね  なおゆき)「森の中で仲間たち」.jpg

<エイブルアートの次なるステップ>

 エイブルアートが目指しているのは多様性の担保です。「違いを認め合う社会づくり」とよく言いますが、「違う」ということを認めることはとても難しいと思います。国の政策が動くときに私たちが大事にしたいと思っているのは、全国各地の障がいのある人や団体がその土地の歴史や文化と向き合いながら、多様な魅力を開発することです。それは、アートを評価・保管・収集するためにエネルギーをひとつにするだけではなく、今、生まれている全国各地のさまざまな取組みを大切にし、持続できる仕組みづくりを促進していくことではないでしょうか。

 さらにまだ日本でやり得ていないのは、障がいのある人たち自身による参加、発言、あるいは、その才能を存分に発揮するという、能動的な存在としての活動です。特に私たちは、東日本大震災以降、彼ら自身がアートを通して人を勇気づけたり、環境を変えたりすることにかかわっているということを、強く意識しましたし、それを丁寧に社会化することを試みています。これまで発言や発信が弱かった東北の障がいのある人や支援者も、自分たちが復興に貢献していることを発言するなど、共にやれることはもっとたくさんあることを感じています。

 私たちはNPOとして、社会に変化を促すための活動をしているというプライドを持っています。今すぐに芽が見えなくても、確実に変わるときがくると強く感じています。ですから、今、他の多くの団体がやっている華のある仕事をするよりも、10年後、20年後のことを考えていかなければならないと、トヨタ・エイブルアート・フォーラムを振り返る度に思うのです。 (第3回につづく)

柴崎由美子(しばさき・ゆみこ)さん
NPO法人エイブル・アート・ジャパン事務局長
1997年より奈良・たんぽぽの家で障害のある人たちの表現活動にかかわる。障害のある人とコミュニティのための「たんぽぽの家アートセンターHANA」(奈良)のディレクター(20044月~093月)を経て、障害のある人のアートを社会に発信し仕事につなげる「エイブルアート・カンパニー」本部事務局(2007~)。NPO法人エイブル・アート・ジャパン事務局長(2012年~)。
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